合格発表に立ち会って

March 16, 2008 – 4:21 pm

数日前に、わが子の高校入試の合格発表があった。幸い、希望校に合格することができた。希望した高校は、事前に受けていた模擬テストからみて、はるかに高い水準(偏差値)であったこと、入試後の自己採点がボーダーラインぎりぎりだったことなどから望み薄と思っていた。それだけに、親も子も喜びもひとしおだった。高校入試を通じて、いろいろなことを考えた。今回の経験について少し書いてみた。

志望校の決定と偏差値 以前のエントリー(「受験勉強につきあって」)で書いたように、通常、志望校は、2者面談、3者面談と呼ばれる中学校の担任の先生との話し合いのなかで最終的に決めてゆく。ここで、話題の中心になるのが、生徒の学力、実力テストとか模擬テストの得点あるいは偏差値だ。高校そのものの特徴とか、それに対する本人の希望などは、建前上、加味され、議論されるが、やはり最後の決め手は、この学力ということになる。子供の希望も、そうした制約のなかで、自分の希望がそうであったかのように、「調整」される。止むを得ないとはいえ、子供にとっては残酷な話だ。

合格発表はインターネット上 受験シーズンになると、学校の掲示板上に張り出された合格者の受験番号を見る子供たちの姿がニュースになる。わが子の受験した高校の場合、学校での発表の30分後に、インターネット上で合格発表が行われることになっていた。我が家では、PCの前で、家族揃って結果を待つことにした。わが子の受験番号をみつけることができたときには、本当にうれしかった。失敗すると思っていただけに、その場合、どう慰めていいのか思案していただけに。ホッとしたというのが実感だ。それに、経費の安い公立高校に合格したことに、やれやれと思ったのも正直なところだ。

それにしても、合格発表の姿も変わったものだ。自宅でPC上から結果を確認することができる。大学受験の話で、比較にならないかもしれないが、私の時代には「桜咲く」なる電報が幅をきかせていた。隔世の感がある。それに、学校の掲示板の前で、周辺で喜ぶ子供たちのなかで失敗した子供の気持ちをみるのはかわいそう過ぎる。インターネット上で合格発表というのは、いい仕組みなのではないか。

内申書と学力テスト 私が受験した時代には内申書などという仕組みはなかった(すくなくとも記憶していな)。いつの時代からか、この内申点なるものが合否判定に一定のウェートを持つようになったらしい。この内申点、中学校時代3年間の通信簿の評価がそのまま(?)反映されるらしい。子供たちにとっては、中学生活3年間、ずっと高校受験を意識しながら生活しなければならない。受験自体、彼らにとって、かなりの負担であり、それなりの緊張を強いることになる。こうした負担、緊張を、中学生活の間中、強いるというのはいかがなものか?高校受験寸前に一念発起しようと思う子にとっては、新たな挑戦をさせないということになってしまうのではとも思う。多感な中学生という時期、大切なことは受験だけではないはずだ。


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