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	<title>Yama&#039;s Memorandum</title>
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	<description>自宅に立ち上げたプライベートサーバの構築・運用を中心に、さまざまの情報をメモっている</description>
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		<title>日本の商社、随分、元気なんだ！</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Feb 2012 05:34:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[時事・政治・社会]]></category>
		<category><![CDATA[投資]]></category>
		<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造]]></category>

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		<description><![CDATA[TBSラジオの朝の番組「森本毅郎・スタンバイ」（２月3日放送）で、随分、景気のいい話を聞いた。なんでも、大手商社7社で、海外子会社などから受け取る配当金などが１兆数千億を超え過去最大になったのだというのだ。家電メーカの業績が最悪なんてニュースが目に付くなかで、久しぶりに聞く「明るい」ニュースだ。 このラジオ番組のなかで、伊藤洋一（住信基礎研究所）さんの解説が分かりやすかった。メモしておいた。 日経で関連するニュースをさがしてみると「商社5社の純利益、計1.3兆円　資源価格上昇が押し上げ　2011年4～12月,3年ぶり最高」というのがある。ラジオで話されていたのはこのことなのだろう。以下、この記事のリード文を転載しておいた： 大手総合商社の収益が拡大している。三菱商事や三井物産など大手5社の2011年4～12月期の連結純利益は合計で1兆3千億円弱と前年同期に比べ約2割増加。同期間の利益水準としては08年を上回り、3年ぶりに過去最高だった。新興国の需要増を背景に鉄鉱石や原油など資源価格が上昇し、権益投資による収益が膨らんだ。 伊藤洋一さんの解説：　商社の最近の好調さについて　住信基礎研究所の伊藤洋一さんが解説していた。この解説、なかなか分かりやすかった。以下、（正確性には欠けるが）書きだしてみた： 日本の商社は、10年から20年前は厳しい時代を過ごしていた。 当時、商社不要論というのがあって、商社は、ものの売り買いの中間に入っているだけ、インターネットが入ってくるとこうした中間搾取をするような会社はどんどんつぶれてゆく。商社もその例外ではない、と言われていた。実際に、業績もかなり落ちた。 そこで商社は何をやったのか。実は、貿易事業からほとんど撤退してしまったのだ。我々が商社という語感から持つ貿易とのからみはかなり薄れてしまい、実際には、事業投資、特に海外の資源とかを買い、そういうところを法人化し、子会社にし、その投資のあがりで、事業を運営するということになってきているのが実態だ。資源権益とかインフラへの投資というのを積極的に行っている。 つまり、実質的には、商社は事業内容を変えているのだ。その結果、なにが起きたかというと海外で儲けたお金が、こちらに返ってきたときには非常に大きな収益になるというかたちになっている。 電機もだめ、鉄鋼もだめという話しがある。ものを作っている会社が不振になっている。お金とかを流している、投資している会社が好調なのに対して、ものを作っている会社が不振だ。その理由は、ものづくりの強力なライバルが途上国にいること、そして不振とかになると、消費者が買わなくなってしまうということで、ますますうまくゆかなくなっている。 しかし、エネルギーを買わなくなる消費者というのはいない。今、電機会社などのものつくりの業界は、ものすごい事業転換の時期にきている。消費者のニーズを汲み取り、事業転換をすることが大切になっている。 なるほど、と思う。 今こそ日本の産業構造変化の好機：　こういう話を聞くと、素人考えではあるが、今みんなの心配している「超円高」なんていうのは、大した問題ではないように感じてしまう。むしろ、円高の今こそ、日本の産業構造を変換させ、新しい日本を作るチャンスではないのか。 福島第一事故発生以来、日本のエネルギーをどうするかということが議論されているのであるが、今こそ日本の産業構造の抜本的な見直しをはかり脱原発の方向に進めばよろしいのでは、なんて思う次第だ。 ここで、景気よく、「日本の未来は明るい」なんて言って見たい。]]></description>
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		<title>がん湯治で有名な玉川温泉でなだれ！</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 15:30:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[身の回り・雑感その他]]></category>
		<category><![CDATA[ガン治療]]></category>
		<category><![CDATA[大雪]]></category>
		<category><![CDATA[自然災害]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日から今日にかけてのトップニュースは例年にない大雪のニュースだろう。なかでも、この大雪で岩盤浴で有名な玉川温泉で大規模ななだれが発生し3人のかたが亡くなったという話しは痛々しい話しだ。 この玉川温泉の岩盤浴、がん患者の間では、有名だ。私ががん治療のために入院していた際、病室が同じだった患者さんから、ここに湯治に行ったという話しを聞いたことがある。 私の聞いていたうわさ話：　私が入院中に聞いた話のなかに、「秋田県には、ガンに効く温泉があり、そこでは、むしろにくるまって横になり治療するんだ。ドリフターズのリーダー、いかりや長介さんも治療に行ったことがあるよ」というのがあった。なんとも不思議な話しがあるものだと思っていた。 この話をしてくれた患者さんも、自ら、この温泉地に行ったということだった。この話しを聞いたときには、なんとも不思議な話しだなあと感じるだけで、イメージがわかなかった。今回のなだれ騒ぎでテレビに映される岩盤浴の様子をみて、はじめて、なるほどこういう感じで皆さんが「がん治療」をされていたんだ、ということを理解することができた。 テントというか、全くの簡易小屋のなかに横たわって岩盤浴する人々のすがたには、なにか「がん患者」のみなさんの祈りにも似たものを感じさせた。 温泉の効用が本当にあるのかどうかは、私には、わからない。しかし、ニュースのなかの患者さんの話を聞いていると、温泉の効用そのものというより、この岩盤浴の地における「患者さん同士の連帯感」の存在というものを感じる。この地で、ガンという難病を抱えたものしか分からない思いを共有することができるということが、病気に立ち向かう勇気を生むものであったのかもしれない。この気持ち、私もひとりのガン患者として理解できるように思う。 こうした思い、願いを持って、この地を訪れ、湯治されていたかたがたが亡くなったことは誠に残念なことだと感じた。 心からお悔やみもうしあげます。]]></description>
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		<title>福島第一事故による放射線被曝をどう考えればよいか（その10）</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 01:31:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学・技術・社会そして科学論]]></category>
		<category><![CDATA[ICRP]]></category>
		<category><![CDATA[放射線被曝]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日の東京新聞（２月１日朝刊）に「被ばく基準緩和　NHK番組　原発推進団体が抗議」なる記事がでていた。記事のリード文を以下転載： 　NHKが昨年末、国際的な低線量被ばくのリスク基準が政治的な判断で低く設定されたという内容の番組を放映したことに対し、原子力発電推進を訴える複数団体のメンバーらが「（番組内容には）誤りや論拠が不明な点、不都合な事実の隠蔽（いんぺい）がある」として、NHKに抗議文を送っていたことが分かった。 この抗議文、「NHK総合テレビ　追跡！真相ファイル番組（2011年12月28日放映）『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』への抗議と要望について」と題するもので、全文ネット上に公表されている。この抗議文は、NHK松本正之会長あてに出されており、金子熊夫（エネルギー戦略研究会（EEE会議）会長）他2名が代表となり賛同者をあわせて総勢112名により送られている。 原子力業界では著名な人々が、代表／賛同者として名を連ねている。私を含めて、この業界で働いた経験を持つものであれば、誰もが名前を知っている方々だ。福島第一の事故から1年を経過しようとするこの時期に、こうした原子力業界に大きな影響力を持つ方々が声を大にして抗議しようとする事態は、尋常ではない。 抗議の対象とされているNHKの番組は、私自身も視聴していた。視聴した際の印象、表現は悪いが「トンデモ番組」の類といったところ。大NHKがこれでは困る、と確かに思った。この番組について学習院大学の田崎晴明さんが、かなり詳細に批判をしている。どちらかというと、私は、田崎さんの批判にうなずくところ大だ。 しかし！　抗議文に対する印象を述べさせていただくならば、抗議文に名前を連ねている原子力業界を代表する方々が、福島第一事故の発生に対してどのような立場をとられているのか不明なのは誠に残念だ。この方々、原子力業界の「重鎮」ではありそうだが、私の知る限り、かならずしも放射線の健康影響に詳しいかたがたではない。 番組内容にかなりの問題があることは理解できる。残念なことだ。しかし、だ。こうした「偏向」番組をすんなりと国民が受けいれるような雰囲気・状態、すなわち福島第一の大事故の発生という状態を作ったのは、ほかならぬ抗議文を送りつけた原子力業界の「重鎮」の皆様であったのではないか。 こうした抗議文を送りつける前に、原子力業界の「重鎮」の皆様による福島第一事故に対する深い反省と、原因を究明しようとする真摯な態度こそが必要なのではないか、と思うのである。 この抗議文を読めば読むほど脱原子力への思いを強くしてしまう。]]></description>
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		<title>個人事業の決算書作成（「事業主」関連科目の取り扱い）</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 03:38:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[生活・年金・税金]]></category>
		<category><![CDATA[個人事業]]></category>
		<category><![CDATA[貸借対照表]]></category>
		<category><![CDATA[青色申告]]></category>

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		<description><![CDATA[前回、２０１１年度の確定申告を済ませたことを書いた。確定申告するにあたっては、青色申告ということで、個人事業の決算書も作成した。決算書のうち貸借対照表の作成は、結構、骨が折れる作業と感じた。貸借対照表の背景になる概念を理解するのがなかなか難しいのだ。個人事業が２年目を超えたところで、年度をまたいでの決算書、特に貸借対照表を作成する際に大切と感じたことをメモしておいた。 個人事業の決算に特有なこと：　きちんとした法人となっている会社と個人事業では、帳簿、決算書の作成、利益についての考えかたに大きな違いがある。会社（法人）の場合は、経営者には給与、（役員）報酬がある。これに対し、個人事業においては事業主には給与なるものが存在しない。 個人事業の場合、仕事で稼いだ売上げから生活費や個人で使う費用を支出するとか、逆に個人事業を運営するために、事業主個人のふところから資金を出すといったことになり、「事業主としての個人」と「事業と関係のない個人」の境を明確にすることが難しい。 この境を明確にするために、個人事業においては、「事業主貸」と「事業主借」と呼ばれる勘定科目が認められており、それに基づいて帳簿・決算書が作成される。 事業主貸：　個人事業の場合、仕事で稼いだ売上から生活費や個人で使う費用を支出する。これらの費用を帳簿上では「事業主貸」として処理する。この支出は、事業主の「私」が、個人としての「私」に生活費などの事業に直接関係のない費用を工面した、貸したものとして処理されるわけだ。 事業主借：　個人事業を営むうえで必要な運転資金などの資金を工面するとか、事業拡大に必要な資金を個人のふところから事業用に拠出する場合、それを「事業主借」として処理をする。事業主の「私」が個人としての「私」に事業に必要な費用を借りたとして取り扱うわけだ。 年度が変わるときの処理：　「事業主貸」、「事業主借」というかたちで、「事業主としての個人」と「事業と関係のない個人」の間で行き来していた資金は、新年を迎える大晦日からお正月にかけて、帳簿上清算する。 「事業主」勘定は新年を迎えるにあたってリセット、即ち「事業主貸」、「事業主借」はどちらもゼロにリセットする。これらの勘定科目にあったものは、前年の利益（「控除前所得金額」）、元入金と合わせて新年度の元入金として処理する。 ここで、新年度の元入金は、以下のように計算される： 　新年度元入金　＝　旧年度元入金　＋　事業主借　－　事業主貸　＋　控除前所得金額]]></description>
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		<title>確定申告(2011年度分)を完了</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 08:48:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[生活・年金・税金]]></category>
		<category><![CDATA[e-Tax]]></category>
		<category><![CDATA[公的個人認証サービス]]></category>
		<category><![CDATA[確定申告]]></category>
		<category><![CDATA[電子申請]]></category>
		<category><![CDATA[電子証明書]]></category>

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		<description><![CDATA[平成２３年分の確定申告を、昨日、完了した。昨年書いたブログ記事（「今年もe-TAXで確定申告(2010年分)を完了」）を読み直してみると、今回でe-Taxによる確定申告は6度目になる。申告作業にも随分慣れてきた。以下、申告作業で気づいたことを簡単にメモしておいた。 公的個人認証サービスの更新：　e-Taxでは電子証明書を用いた公的個人認証サービスを使う。この認証サービス、３年ごとに電子証明書を更新する必要がある。認証を受ける「本人」が例の「住基カード」を抱えて、市役所とか町役場に出かけて更新しなければならない。 今年は、妻の電子証明書の更新時期にあたっていた。以前にくらべ、町役場の担当者も慣れてきたようで、スムーズに手続きをすることができた。そうはいっても、更新作業を終えるのに３０分もの時間を費やした。作業の効率化を求めて導入されたはずのe-Taxではあるが、なんとも煩雑な手続きが必要なのには閉口する。あげくの果てに、手数料５００円も徴収される。 税務署への再登録：　公的個人認証サービスを更新すると、税務署に対してもこれを再登録しなればならない。ここで、e-Tax用のパスワードを新しいものに更新する必要がある。更新に際しては、旧いパスワードと同一のパスワードの使用は受け付けられない。新たなパスワードを準備しなければならないことに注意が必要だ。 １年に１度しかお世話にならない「公的認証サービス」。パスワードの管理をきちんとしておかないと、無駄な労力が費やすことになる。 e-Taxでの確定申告を効率的に行うには、当然のことではあるが、前年の申告書を参照しながら申告作業に先立って申告しようとする内容を明確にしておくことが大切だ。作業を効率的にするには、これにつきる。e-Taxのホームページを開いたのちに、e-Tax上で求められるデータをその都度準備しようなんてすると作業が煩雑になってしまい、大変な目にあう。 わずかばかりの還付金なのではあるが、これを楽しみにe-Taxをやるのもそれなりではないかと思うようになった。 ま、今回、６回目の余裕といったところか。]]></description>
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		<item>
		<title>飯田哲也×鎌仲ひとみ共著「今こそ、エネルギーシフト」を読んでみた</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Jan 2012 06:15:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学・技術・社会そして科学論]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>
		<category><![CDATA[脱原子力]]></category>
		<category><![CDATA[鎌仲ひとみ]]></category>
		<category><![CDATA[飯田哲也]]></category>

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		<description><![CDATA[「今こそ、エネルギーシフト」と題する岩波ブックレットを読んでみた。このブックレット、『世界』２０１１年５月号掲載の対談「自然エネルギーの社会へ再帰しように大幅加筆をした」ものという。 飯田哲也の書籍については、「『原発社会からの離脱』を読んでみた」ことがある。本書「今こそ、エネルギーシフト」も、これと同じように、我が国のエネルギー源を原子力から再生可能なものに転換することを主張している。 このなかに、「『安全な稼働』はどこまで可能か」とサブタイトルした部分がある。これに書かれていること、大切な論点と感じた。 メモしておいた。 以下、抜粋： 「安全な稼働」はどこまで可能か 飯田　安全にやれば原発はまだ使えるのではないか、と思っている人は、基本的に次の三つのことを理解していないのではないでしょうか。 一つめは、先ほど鎌仲さんがおっしゃった経済的観点です。東京電力は原子炉一基あたり一二〇〇億円の保険にはいっていますが、これは自動車でいうところの自賠責保険です。アメリカでは事業者の負うべき損害賠償限度はおよそ八〇〇〇億円となっていますが、今回のような最悪規模の原発事故にあっては、基本的に原子力事業者には無限の賠償責任があると思います。しかし問題は、無限責任にした場合に、それを引き受けるような二次保険会社があるかどうか、ということです。実際、そんな保険会社があるとはとても思えない。つまり、今回の原発震災のような最悪の事故も含めて無限責任の損害賠償保険のコストを考えると、そもそも経済的に成立しないということです。 二つめに、日本の原子力発電所がこれから急激に減っていくという事実です。日本では、運転開始から四〇年経過した原子炉は、安全面を鑑みて順次停止されていくことになっています。それを踏まえると、日本の原発は、これから年を追って、稼働する原子炉が老朽化によって減っていきます。さらに、今回の大震災によって直接的なダメージを受けた原子炉は、当然のことながら廃炉にしなければならないでしょう。さらに、将来的にダメージを受ける可能性が極めて高い浜岡原発などは、運転の停止が必要です。 そうなると、日本の原発は一気に減っていく可能性がある。その事実を前提にしたうえで、日本のエネルギー政策は考えなければならないのです。なんとなくこれからも、総発電量の三割が原子力だ、とう状態がつづいていくのではないかと漠然と考えるのは、先の見通しができていないことに他なりません。 三つめに、日本のエネルギーの未来には、原子力以外に、極めて有力な選択肢があるということが知られていません。あたかも原子力以外には選択肢がないかのように、思わされてしまっている。そう考えるように、電力会社や御用学者が御用メディアを通じて誤った情報をまき散らしているのです。(pp.31-32) なるほど、と思わせる。 経済的には成立しない原子力：　抜粋した文書の第一の論点、原子力発電は「経済的には成立しない」というのは非常に重要な論点だ。今回の福島第一の事故で明らかになったことのひとつは、ひとたび原子力発電所で大きな事故が発生すると、誰もそれを賠償することができない規模になりうるということである。 原子力発電プラントは、開発された当初から、大きな原子力事故が発生すると無限責任の損害賠償保険を適用するのは不可能といわれてきた。この意味するところは、大量の放射能を環境に放出させるような事故の可能性が多少でも存在する場合には、この原子力発電という技術を採用してはならないということだ。誰も賠償できないような事故を発生させるような可能性がある技術に依拠するような社会は存在できない。 原子力発電所の老朽化問題：　「日本では、運転開始から四〇年経過した原子炉は、安全面を鑑みて順次停止」ということになっている。停止した発電プラントに代わるエネルギー源を何に求めるのかを考えなくてはならない。「より安全な原子炉」を新規に建設するのか、それとも脱原子量の道を歩むのか？　早晩、結論を出さねばならない。 原子力発電プラントの設計・開発・建設のサイクルは非常に長期にわたる。老朽化した原子炉に代わる新規の「より安全な」原子炉を建設しようとする場合、最先端の科学技術の成果を取り込むことが望まれるのであるが、原子力発電プラントのように設計・開発・建設サイクルが数十年の長期にわたるものには、今後10年、20年のレンジで期待される科学技術の進歩を取り込むことは困難と考える。原子力が、科学技術の最先端にあるように喧伝されることがあるが、その実相は、比較的ふるい技術を用いざるを得ないのだ。 ぼんやりとではあるが、新しいエネルギー源としては、新しい科学技術の成果を柔軟に取り込むことが可能な分散型システムといったものを指向するのが得策のように思う。]]></description>
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		<title>土井里紗著　「放射能に負けない体の作り方」を読んでみた</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Jan 2012 08:30:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学・技術・社会そして科学論]]></category>
		<category><![CDATA[ECRR]]></category>
		<category><![CDATA[ICRP]]></category>
		<category><![CDATA[内部被爆]]></category>
		<category><![CDATA[土井理沙]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>

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		<description><![CDATA[福島第一事故のあと、放射線被曝による健康影響についての一般向けに書かれた書籍が数多く出版されている。そうした書籍のなかに、現在の放射線被曝に関わる法的基準の基礎となっているICRP（国際放射線防護委員会）の勧告を問題視するものも多い。こうした書籍が、子供の健康を心配する母親などを中心に読まれ、かなりの影響力を持っているようである。 こうした書籍のひとつで近所の公立図書館で見つけた土井里紗著「放射能に負けない体の作り方」を読んでみた。 本書の感想をひとことで述べると、この本、今回の原発事故に便乗した単なる「健康食品」本といったところだ。こうした本の出版に、原発事故と放射能の環境汚染による不安な心理に付け込んだ不真面目な商業主義的な意図(少なくとも出版社にそうした意図はあっただろう）を感じてしまう。 本書の構成・概要：　第１章「なぜ、放射線が体を蝕むのか」で、放射線の被曝について解説し、これに続く２章以降は「健康食品」の話にさかれている。放射線被曝について解説する部分にはICRPの成り立ち、そしてその原子力産業とのつながりが紹介され、ICRPなる組織、そしてその放射線防護の考えかたがひとを守るものになっていない、との著者の主張が述べられている。以下、抜粋。 ・・・ICRPの前身となったのは、第二次世界大戦下のアメリカの、原爆の製造・開発計画である「マンハッタン計画」に関わっていた物理学者たちが作った組織です。 戦後も核兵器や核爆弾が製造され続け、同時に原子爆弾の技術をエネルギーとして利用すべく原子力発電が開発されましたが、その原子力産業をサポートする形で存在していたのがICRPなのです。ICRPの勧告では、同組織の目的として「被曝を伴う活動を過度に制限することなく人と環境を過度に制御することなく人と環境を適切なレベルで防護すること」と掲げています。 要するに、原子力産業や核兵器・核実験などで得られるメリットがあるならば、基準として決めた限りの被曝は目をつぶりなさいということです。 ICRPの掲げる「放射線防護」は、人を放射線から守るのではなく、放射線＝原子力産業自体を守るということなのです。(pp.31-32) なんとも乱暴なICRPの解説・紹介である。私にとって、ICRPの沿革がこのようなものであると聞かされたのは初めてだ。なんら資料も示さないで、ICRPの歴史、目的を議論していることには驚く。おそらく本書の著者、土井里紗は、ICRPのテキストを読んだことはないのではないか、と疑ってしまう。 ECRRモデル：　次に、ICRPの採用しているリスクモデル、とりわけ内部被曝について、本書は、以下のように記述している。 　ICRPの内部被曝の考え方では、分子細胞レベルの放射線の影響を正しくとらえることができません。 そもそも、発がんとは、細胞の中の遺伝子レベルに起きる損傷が原因になります。発がんのリスクを考えるときには、細胞単位で考えるのが建設的です。 ICRPのリスクモデルでは、放射線の影響を臓器全体に平均化して考えてしまいます。・・・ より細胞レベルの被曝を重要視するECRR（欧州放射線リスク委員会）のリスクモデルでは、２～３桁多い被曝線量になります。内部被曝を心配しなくてはならない私たちにとっては、ICRPの基準は、残念ながら意味がないと言わざるを得ません。 ICRPの基準は、基本的には、放射線環境で作業する際の外部被曝については適応されてしかるべきですが、内部被曝を著しく過小評価しているとされ、今回のような食品汚染が進む原発事故後には不向きとされています。(pp.33-34) ここに見られるように、本書では、ECRRのリスクモデルに与してICRPのモデルを非難している。以前、このブログで紹介した松井英介著「見えない恐怖　放射線内部被曝」と同様な立場のようである。ここでは、ECRRのリスクモデルについて議論することはしないが、ひとこと、なんとも雑な議論であるというのが私の印象だ。 私のECRRに対する印象は、京大原子炉実験所の今中哲二の講演資料、「低線量被曝リスク評価に関する話題紹介と問題整理」のまとめの記述と同じだ。 ECRRのリスク評価は、「ミソもクソも一緒」になっていて付き合いきれない。 ECRRに安易に乗っかると、なんでもかんでも「よく分からない内部被曝が原因」となってしまう。 この記述、私がECRRの「2010年勧告」なるもののリスクモデルについて読み理解した範囲で、ECRRの実態を最も正確に表現しているのでは、と考えている。 ICRPが無視した放射線障害の例？：　リスクモデルに加えて、本書では、具体的な放射線障害の例をあげてICRPを非難している。以下、抜粋： ICRPの基準以下だからと、公的に無視された、内部被曝に関連する放射線障害の例はたくさんあります。 例えば、1957年に起きた、イギリスのセラフィールド放射性廃棄物再処理工場の事故によって、持続的な内部被曝が原因と考えられる多数の小児白血病が報告されていますが、ICRPの基準に照らすと、「因果関係は認められない」とされました。 また、湾岸戦争で劣化ウラン弾が使用されて、兵士だけでなくそこに暮らす住人たちにもがんや白血病、流産が増えましたが、こちらも、「低線量の放射線被曝であり因果関係は確認できない」と無視されています。(p.35) これらの放射線障害は、ICRPを非難する際によく引き合いにだされる例である。これらの放射線障害の例については、賛否の分かれるものであり、論争が続けられていることを私も承知している。しかし、本書には、具体的なデータ、参考とすべき文献・資料も示さず、「多数の放射線障害」がICRPによる無視されている、とするのはいかがなものか。考えてしまう。 本書を読み終えた私の判定、トンデモ本として分類すべきものと考えた。残念！ それにしても、こんな雑な議論で、脱原発を議論されてはたまんない。]]></description>
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		<title>2012年を迎えて－昨年の重大ニュースをふりかえりながら－</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Jan 2012 03:01:58 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[新年明けましておめでとうございます。 ２０１２年が明けました。といっても、すでに1月も3日になってしまった。それはそれとして、昨年の重大ニュースをふりかえりながら、新しい年を考えてみた。 （１）東日本大震災と福島第一原発事故： 　私が生きている間に経験するとは思っていなかった歴史的大事件だ。ほぼ10ヶ月経過した今、ゆっくり考えてみると、よくこの程度でおさまってくれたものだ、ラッキーだったというのが正直な感想。 　なにがラッキーだったのか。事故発生時の風向きは、強い西風。3月12日の早朝に放出された放射能の大部分は海のほうに流れ、住民への被曝は「少なく」済んだのではないか。風向きによっては・・・、と考えるとぞっとする。 　ラッキーであったとはいうものの、東日本全域が、いままで経験したことがないほどの放射能まみれという状態、まだまだ原子炉の状態も心配。これからが正念場。 　もうひとつは、全く私事になってしまうが、震災時に「九死に一生」を得たということ。震災発生時に、わたしの頭上から天井が崩落したのにも係わらず、擦り傷ひとつなく生還した。冷静になって考えてみたら、ラッキーのひとことだった。 （２）わが娘の大学進学： 　5年前に退職して以来、最も力を入れてきたのが（？）わが娘の教育。娘にとっては、多少、迷惑な話ではなかったのではと思うが、親にとっては責任の範囲内。 　一応の区切りと考えていた大学進学を成し遂げることができた。 　娘の進学先が、親が考えていた方向とはかなりのズレたものではあるが、これも「子の親離れ（『親の子離れ』というべきか？）」のはじまりと考えるべき、と思っている。 　ともあれ、親としての一応の責任を果たすことができたのではないか、と思っている次第。 （３）東京に「秘密基地」を確保： 　娘の大学の近所にURの賃貸住宅を借りた。上述したように、「親の子離れ」のはずであったが、娘のアパートにと言う名目で、親にとっての東京の「秘密基地」を確保した。これで、東京で開かれるイベントへの参加が容易になった。今のところ、ひと月に1週間程度は東京にでかける予定。 　この住宅を借りて驚いたことがある。昔は、公団住宅に入居しようとすると様々な条件をクリアしなければならなかったのが、今は、ほとんど誰でも入居可能になっていること。場所によっては、単身の入居、セカンドハウスとしての活用、挙句の果てに、社員寮として活用することも可能になっている。 　私のような定年後の生活のひとつのかたちとして、URの賃貸住宅を借りるのも利口な方法かもしれない。 　ともあれ、「東京進出」の拠点を確保したというところだ。 （４）地域の常会長を経験： 　震災後、「絆」なんて単語やたらに目立つ。どうも、自分の住む地域で助けあいながら生きるべし、という「風潮」が強まっているようだ。その流れかもしれないが、地域の自治会活動というのが以前より盛んになってきているように感じる。 　この地域の自治会活動の末端組織が「常会」というものだ。町内会とか班とか言われるものに対応するようであるが、何のことはない。行政組織の小間使い、といったもの。昨年は、その常会長なる役割が回ってきた。我が常会、約４０世帯の会員を擁する大常会、大変な役回りなのである。 　常会長の役割。これが結構大変。回覧板をまわすこと、自治会行事への動員、慶弔時のお手伝いなどなど、旅行にもでかけられない。真剣にやったら身がもたない。 　我が常会、毎年、元旦には朝9時から焚き火を囲んで、新年会（賀詞交換会）なるものをやる。場所（広場）の確保、焚き火をやるために消防署への届出提出、お酒の準備、新年会の司会、さらには焚き火跡の後片付け、などなど新年早々、大変な目にあった。 （５）スイミングスクールの会員になった： 　大震災の発生で、いつもでかけていたスイミングプールが利用できなくなった。かわりにということで、もう7年も前に、娘がお世話になっていたスポーツジムのスイミングスクールに加入した。 　会費は、60歳以上のシニア会員ということで、ひと月５，０００円也。会費が安いのはいいのだが、赤いスイミングキャップをするのが義務付けられている。年寄りになっているのを自覚しなさい、といわれているようで多少の抵抗はある。 　スイミングスクールなんてたいしたものではないのでは、と高をくくっていたが、これが大間違い。同年代（６０以上）のメンバー、特にご婦人が数十年にも及ぶ立派なスイマーばかりで、私なんぞはついてゆくのがやっと、という状況。 　1時間で1キロから１．５キロ泳がされると、ヘトヘトになる自分に体力の衰えを感じているところ。 とりとめのない話を書いてしまった。 ここから新年の抱負を考えるといってもたいしたアイデアは浮かんでこない。 ま、今年も元気に過ごしてゆきたい、というところ。]]></description>
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		<title>「粉ミルクからセシウム検出」の報道で考えたこと</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 14:23:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学・技術・社会そして科学論]]></category>
		<category><![CDATA[放射能汚染]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>

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		<description><![CDATA[１２月６日に、明治の粉ミルクから放射性セシウムが検出されたと報道された。 このニュース、汚染のレベルの大小というより、むしろ、わたしが想像していなかった汚染経路が存在することに気づかされたこと、そして汚染を最初に見つけたのが市民団体であったことの２点で、私にとっては、かなり衝撃的なものであった。 ニュースの内容とこれに関連して私の考えたことをメモしておいた。 毎日JPの報道の一部を以下に転載する： 食品大手の明治（東京都江東区）は６日、粉ミルク「明治ステップ」８５０グラム缶の一部から１キロあたり最大３０・８ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。・・・ セシウムが検出されたのは、同社埼玉工場（埼玉県春日部市）で３月１４～２０日に製造した粉ミルクを使ったものの一部。１１月２８日、「ステップで放射性物質が出たと聞いた」と報道機関から問い合わせがあり、在庫分などを調べたところ、２１・５～３０・８ベクレル検出された。前後の期間に製造した粉ミルクを使った商品は、いずれも検出限界値（１キロあたり５ベクレル）未満だった。 原料の粉乳は大部分が豪州など外国産で一部は北海道産だが、いずれも東日本大震災以前に製造された。 同社は、粉乳を水などと混ぜ合わせて霧状に噴霧したものを熱風で乾燥させて粉ミルクを作っており、「乾燥の過程で取り込んだ外気に含まれるセシウムが影響した」とみている。 ・・・・ ◇「驚きない」以前から検出情報 粉ミルクからのセシウム検出について、２歳の長男がいる東京都世田谷区の主婦、中山瑞穂さん（４１）は「驚きはない。やっぱりという感じ」。１１月中旬には、市民測定所の検査で、この製品からセシウムが検出されたとの情報がフェイスブックを通して母親仲間で流れていたという。中山さんは「乳製品は放射線の影響を受けやすい子どもたちが毎日飲むもの。もっと早く調査をし、情報を開示してほしかった」と不信感を募らせる。 こんな汚染経路が存在したとは！：　粉ミルクの放射性セシウムによる汚染が原料の粉乳などではなく、製造時に必要な乾燥のための熱風として取り込まれた外気に含まれるセシウムであったというのには驚いた。汚染原因がミルクなどの原材料にあったのではなく、製造時の一過程で使われた大気の汚染であったというのである。 製造月日が３月１４日～２０日で製造したものだという。確かに、３月１５日、２１日には、関東一円には放射能に汚染された大気が流れ込んでいた。この大気を熱して、乾燥のために用いたわけだから、熱風中の放射性物質が、「霧状に噴霧した粉乳と水」を吸着用の材料としてフィルターがわりに集められたといってもよい状況になっていたわけだ。 この粉ミルク製造当時の空気中の放射性物質は、放射性セシウムというよりテルルとかヨウ素といったものが主であった。従って、製造時点では、この粉ミルクには今回検出されていないセシウム以外の放射性物質、放射性ヨウ素、テルルなどが含まれていたものと考えてもおかしくはない。 製造から９ヶ月経った現時点では、放射性セシウム以外は崩壊しており検出することはできない。しかし、製造直後に出荷され、消費者の手に渡った粉ミルクがあったかどうかは問題だ。もし、３月１４日～２０日に製造された粉ミルクが出荷されていたとすると、むしろ、こちらのほうが問題になるはずだ。そのあたりについては、私の見た範囲では、報道されてない。どうだったのだろう。結構、大変な問題なのかもしれない。 ともかく、「こんな汚染経路が存在していたのか！」とある種の驚きをもって、このニュースをながめた。環境が広範囲にわたって汚染されるということは、こういうことなのだ、とあらためて思いしらされた。 市民団体の放射能測定：　放射性セシウムの検出を製造メーカー「明治」に知らせたのは、福島・二本松市の住職さんだという（J-CASTニュース「『粉ミルクのセシウム』福島の住職５００万円の放射能測定装置で発見」）。この放射能測定装置が、何なのか明らかではないが、民間のボランティア団体の測定により汚染が確認されたという事実は、それなりに評価されるべきものではないか、と思う。 前述した毎日.jpの記事においては、この福島・二本松の話しだけではなく、世田谷区の主婦の話しとして「市民測定所の検査」で１１月中旬には、この粉ミルクからセシウムが検出されていたとの情報がフェースブックを通じて流れていた、ということが記されている。 この世田谷の主婦の話しが事実だとすると、市民団体の放射能測定の能力はかなりのレベルに達している、信頼に足る測定が可能な状態になっていると評価してもよいのではないかと思う。１キロあたり最大で30Bqの放射性セシウムを検出しようとすると、それなりの装置と放射能・放射線の知識を必要とするものと考えるからである。 １１月中旬にフェースブックでそうした汚染の状況を示唆する情報がながれた段階で、製造メーカー「明治」、さらには政府など行政組織は汚染の状況の確認する努力が必要であったのではないかと考える。 今、必要なこと：　食品メーカーのみならず行政府などは、住民、市民の持つ不安に応えるという従来型の「教育的」安全キャンペーンではなく、住民・市民の自らを守ろうとする活動をもっと信頼し、むしろ、そうした市民活動を支援するなどして放射能汚染の状況に、ともに、立ち向かうことがが必要なのではないかと思う。 福島第一で事故が発生する前まで「リスクコミュニケーション活動」と称するものが盛んに組織されていた。この種のリスクコミュニケーション活動には、本ブログでも紹介した東北大学グループの活動などがある。こうした「リスクコミュニケーション活動」が（ある意味官製？の）教育的「安全キャンペーン」から脱却するには、市民・住民運動のもつ積極的側面を理解し、連帯した活動を行うことこそ必要だと考える。 事故前の原発推進派と反原発派は、フクシマを経験した今にいたっても、反目した状態が続いているように感じてならない。事態を変えるためにも、反目した状態を超える活動が求められるのではないだろうか。]]></description>
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		<title>福島第一事故による放射線被曝をどう考えればよいか（その９）</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 05:26:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yama</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学・技術・社会そして科学論]]></category>
		<category><![CDATA[放射線被曝]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一]]></category>

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		<description><![CDATA[高木仁三郎著作集の第２巻に右のような図が載せられている。この図は、チェルノブィリ事故後に西ドイツの雑誌に「西ドイツの子供の新生児死亡数」として掲載されたものだという。随分前に刊行された資料に示されたものではあるが、福島の事故を経験した今ながめると、かなり不気味なデータではないかと思ってしまう。 さて、この図から我々は何を読み取るべきなのか？ここに示されているデータをどのように解釈すればいいのか？ 図に対応する記述：　上に掲げたデータ、高木仁三郎著作集第２巻所収の「原発廃棄に向けて チェルノブイリ事故三周年の今、脱原発を考える」のなかに示されているものである。この『原発廃棄に向けて』（１９８９年刊）は、高校教員に対する講演の記録だという。 以下、この図に対応する部分を抜粋・転載しておく： 　・・これは、いつも送られてくる西ドイツの雑誌の最新号に報告されていたデータなんですけれども、チェルノブイリ後に新生児死亡率が上昇したというのです。西ドイツの子供の新生児死亡数、生後七日以内に死ぬ子供の数というのを地域別にプロットしてみる。これは比較的汚染の小さい地域、西ドイツの北の方。中部から北にかけての地域ですね。これは一九八三年うらいからとってありますけど、そうするとだいたいこのように、年々下がり傾向にある。チェルノブイリの後で少し上り気味かなという傾向が汚染の低い地域でみられる。ところが汚染の中程度の地域、西ドイツの中部からやや南にかけて、そういう地域をみると、チェルノブイリ以降の一年くらいのところでかなりの昇りが見える。さらに高度の汚染地域、これはバイエルン州とかですね、バーデンヴェルデンブルグというようなところにかなり汚染の強いところがあるんですけども、そこで見るとかなりこれははっきりしている。年々下り傾向に対しては、はっきりとここで反転してチェルノブイリの時から上がりだすんですね。ぽんと上がります。 　・・・ 　そういういろんなことがわかってきていますが、こういうふうにクリアーなデータになるケースは少ないです。少しずついろんなところでいろんな形で明らかになっていますが、多くの場合、きちっとした科学的根拠にもとづかないものとして切り捨てられるという傾向があるんです。しかし、私はいま、切り捨てようがない全体というものが明らかになってきているという気がします。(「高木仁三郎著作集　脱原発へ歩みだすⅡ」pp.9-10) 図を見て考えたこと：　冒頭の図を見るかぎり、新生児死亡率が本文で記されているように「年々下がり傾向に対しては、はっきりとここで反転してチェルノブイリの時から上がりだすんですね。ぽんと上がります。」ということで、チェルノブイリ事故の発生がなんらかのかたちで新生児死亡率に影響を及ぼしたと考えるのが自然だ。また、著作本文の記述によれば、汚染の強いところでそうした傾向が顕著に現われることが示唆されている。 　しかし、著作の内容が講演記録ということもあって、データの出所が「西ドイツの雑誌の最新号」としか記述されておらず、図の縦軸の数がなにを表しているのかさえ明記されていない。これを「科学的データ」として取り扱うには物足りない、と思う。図のキャプションには「新生児死亡率」となっているのであるが、縦軸の数字は新生児１０万人あたりの死亡数を示したものかどうか、私には、想像するしかない。 　原子力関係の研究所で働き、放射線について多少学んだ経験をもつ私にとっては、このデータの示すところを、さらに詳しく知りたい、考察したい、とは思うのであるが、即座に、このデータに示されている新生児死亡率の変化を放射線被曝の影響と結びつけるわけにはいかない。私の持っている低線量での健康影響が、このようにクリアなかたちで表れるのは信じられない、というのが正直なところである。 　「 きちっとした科学的根拠にもとづかないものとして切り捨てられるという傾向があるんです」といわれるが、確かに、放射線の被曝影響について少しでも学んだことがあるものとして、私自身、どうしてもこの種のデータを「切り捨てる」側にたってしまう。 結論先送り：　なかなか、こうしたデータをどのように取り扱うか、というのは一筋縄ではいかない。 福島第一事故が起きた今、今後、こうしたデータがどんどん公になってくるに違いない。 その時点時点で、こうしたデータとどのように向き合うべきか真剣に考えておかねばならない。今、私に言えることは、これくらいだな・・・。 結論、先送りだ。情けない、話しになってしまった。]]></description>
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