パリ旅行印象記(その2) ―中華レストランが「Sushi Bar」に変身?-

January 26, 2013 – 8:24 pm

カルチェ・ラタンでみかけた日本レストラン

 カルチェ・ラタンでみかけた日本レストラン


今回、パリ滞在のなかで、意外に感じたことがあった。

パリ中、どこにでも多数あった中華レストランの数が少なくなっていたのだ。
驚くことに、その中華レストラン、なんと「Sushi Bar」などと称する日本レストランに変わっていたのである。なんとも不思議な光景であった。

 パリのなかででくわした「Sushi Bar」について、その印象をメモしておいた。

「Sushi Bar」で食事をしてみた: パリ在住のフランス人につれられて、通りがかりで見かけた結構大きな「寿司BAR」のひとつで食事をした。食事をしたのが昼だったのにもかかわらず、ほぼ満席。この「寿司Bar」、結構、繁盛していた。

 箸袋にひらがなで「おてもと」と書いてあったり、デコレーションは、日本の雰囲気を出すように工夫をしていた。

 しかし、だ。ウェートレスは全く日本人はいないよう。何しろ、まったく日本語は話せない。東洋人は東洋人であるが、中国人とか、ベトナム人とかいった感じだ。以前の中華レストランが、装い新たに「Sushi Bar」と称する日本レストラン(Restauran Japonais)に変身したようだ。装いは「日本」、中身は「中華」といったところか。

 ひとつ不思議なことに気づいた。箸袋であったかメニューのなかであったか、どちらであったかは失念したが、そのなかに「元気寿司」との記載があったことだ。日本の寿司チェーン店でおなじみのあの「元気寿司」ではないか。我らが日本企業も頑張っているようだ。

 私の想像の範囲ではあるが、パリのなかの「Sushi Bar」、チェーン店化されており、特別な技術がなくてもお店を出せる仕組みが形作られているようだ。

 出されたお寿司は、ひとつひとつの握りのシャリが大き目、日本のお寿司とはかなり異なるもののように感じた。おそらく、フランス人の好みを取り入れたものだろう。

Prt St-Claud でみた日本レストラン

Prt de St-Claud でみた日本レストラン

お寿司のメニュー

店頭に貼られたお寿司のメニュー

「Sushi Bar」にもいろいろ: 上述したような中華レストランが日本レストランに装いを変えたお寿司屋さんのほかにもいろいろな「Sushi Bar」をみかけた。思いつくまま書き連ねてみた:

  • 日本人経営の正当なお寿司屋さん:まず、30年前にもあった日本人自身が経営する「正当」なお寿司屋さんも何軒かはあった。ただ、残念ながら、我々がパリに滞在した時期が暮れからお正月ということもあったのだろう、でかけたお寿司屋さん、「年末・年始のため休業中」なる看板がでていた
  • お惣菜やさんのようなお寿司屋さん: このお寿司屋さん、「Sushi Bar」というより、お寿司の持ち帰り可能な、どちらかといえばお惣菜やさんといった感じのお店だった。見かけたのは、パリ16区のAvenue Mozartの一角。このお店に掲げられていた張り紙が泣かせる。「パリの中で、日本のお米を使っているのは当店だけ(表現は少し違っているかも・・)」
    おそらく、16区在住の日本人を主だった対象に商売をしているお店なのだろう
  • フランス人設計の新機軸のSushi Bar: 日本人とか中国人が経営しているSushi Barだけではなく、フランス人がデザインしたものと思われる、それなりに洒落たSushi Barも見かけた。見かけたのは、やはり16区であったが、こじんまりとした店がまえではあったが、入口にシェフの写真を掲げ、まさに新機軸のSushi Barを目指しているものと見受けた
  • Bazar de l’Hotel de VilleにもSushi Bar: 雑貨、日用品などでおなじみのBHDの最上階にカンティーヌがある。そのカンティーヌの一角にも実にSushi Barがある。ここで見かけたお寿司、日本風というより例のカリフォルニア巻きといった感じのものが多かった。日本のサンドウィッチ代わりに、ちょっとお寿司をって感じのものなのだろう
     それにしても、有名なBHDにSushi Barがあるなんて、お寿司がパリの社会に浸透していることを示していて、興味ふかく感じた次第

    BHDのカンティーヌ

    BHDのカンティーヌ

印象をひとこと: それにしても中華民族のたくましさには驚く。どうも中華レストランの数が少なくなったのは、食材なのか衛生面の問題なのか、存続を危うくするようななんらかの問題が発生したのが原因のようだ(詳しくは知らない)。どんな問題があったにしろ、瞬く間に、中華レストランを日本レストランに装いを変える中国人のバイタリティには脱帽するばかりだ。

それはそれとして、日本のお寿司が、現地に受け入れられるように変形しながらも、パリの地に浸透していっているのは、日本人として喜んでいいことではないのだろうか。

30年前には想像もつかなかったことだ。


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