Archive for December, 2014



むかし「しがらみ」、いま「きずな」

Thursday, December 25th, 2014

最近、「絆(きずな)」という言葉を頻繁に聞く。特に、東日本大地震からの復興を願うスローガンのなかに、この「絆(きずな)」というのをよく見る。

正直にいうと、この「絆(きずな)」ということば、私には、しっくりこない。

12月7日付の日経に、「『憧れ』はネットで消えた」というタイトルで、難波功士・関西学院大教にによる興味深い文をみつけた。以下のようなものだ:

いま「きずな」と呼ばれるものは、昔は「しがらみ」でした。
高卒後は家族や友人をいったん断ち切り、東京で人間関係を一からつくり直したい若者が大勢いました。

この文を読んで、なるほど、そういうことだったのかと、納得してしまった。
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3年前のニュース: 20ミリシーベルトで居住可能?

Tuesday, December 16th, 2014

3年前の今日(2011年12月16日(金))放送のTBS森本毅朗スタンバイで聴いた原子力問題関連ニュース:

政府は住民が居住可能な地域の年間の積算線量について20ミリシーベルトを目安とする報告書をまとめました。細野原発担当大臣は20ミリシーベルトでひとが住めるようになるということだと話しており、これを受け政府は現在の避難基準を見直す方針です。

放射能で汚染された地域に居住可能かどうかを20ミリシーベルトを目安とすることになった、と政府は「決断」した。

この20ミリシーベルトという値を、どのように解釈するかということは、なかなか難しい問題だ。これを了とする側は、放射線障害のリスクを容認しなければ、それ以外の、例えば居住しないことによる経済的あるいは精神的負担の増加によるリスクが増加してしまうことになるという。

なんとも釈然としない思いだけが残る。
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3年前のニュース:  エネルギー環境会議 原発のコストを算出

Sunday, December 14th, 2014

3年前の今日(2011年12月14日(水))放送のTBS森本毅朗スタンバイで聴いた原子力問題関連ニュース:

野田政権のエネルギー環境会議のコスト検証委員会は原子力発電のコストについて最低でもこれまでより5割高くなるという新たな見積もりを明らかにしました。大事故の賠償費用などを含めると1KWあたりの費用が火力発電並みになることが分かりました。また、今回の試算には除染の費用が含まれておらずコストがさらに上昇することは避けられない情勢です。

エネルギー環境会議なんてものが存在していたことすら忘れていた。3年の月日というのはそれなりのものだ。
原発のコストが「これまでより5割高く」なったという見積もりがどれだけの意味を持つものか?
不思議な議論が進行していた。
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3年前のニュース:福島原発事故で自主避難住民に一律八万円

Sunday, December 7th, 2014

3年前の今日(2011年12月7日(水)放送のTBS森本毅朗スタンバイで聴いた原子力問題関連ニュース:

政府は福島原発事故で自主避難した住民に一律八万円、妊婦や子どもに対しては40万円支払うとする指針を取りまとめました。同じ区域で避難しなかった住民にも同じ額が支払われます。これは事故による精神的損害と避難で増加した生活費などを合わせた一律の賠償額です。賠償の対象はおよそ150万人にのぼり総額二千億円規模になる見通しです。

このニュースに該当する報道をWeb上で探してみると日経(Web刊)の3年前の12月5日付に「原発自主避難の賠償範囲、福島の23市町村に 総額は約2000億円 文科省審査会」というのがある。この日経の記事にも書かれていることであるが、ここに示された補償額の算定基準が何を根拠にしているのかよく分からない、曖昧との印象はぬぐえない。
とりあえずなんらかの形で補償金の支払いをしておかねばというところだろう。
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3年前のニュース: 福島市わたり地区のコメに出荷停止指示

Saturday, December 6th, 2014

3年前の今日(2011年12月6日(火)放送のTBS森本毅朗スタンバイで聴いた原子力問題関連ニュース:

福島市のわたり地区の米から国の暫定規制値を超える放射性セシウムがあらたに検出された問題で政府は昨日福島県知事に対し、わたり地区を含む旧福島市全域から収穫された2011年産の米の出荷停止するよう指示しました。福島県における米の出荷停止指示はこれで3例目になります。

3年前のこの時期、福島第一原発の事故により放出された放射性物質、特に放射性セシウムによる食品の汚染に係るニュースが目につく。
食品の放射能汚染に対する国民の危惧を反映している。