空間線量率0.23μSv/hと実効線量率1mSv/y 【再訪】

February 15, 2019 – 3:02 pm

1年ほど前「空間線量率0.23μSv/hと実効線量率1mSv/y 」を書いた。そこでは、更田原子力規制委員会委員長の「空間線量による評価でなく実際の被ばく線量で評価すべき」との発言に触発されて関連情報などを少しだけ考えた。

昨年末から今年のはじめにかけて、この更田発言が依拠していた「学術論文」のひとつに疑いが生じた。問題の論文は、宮崎(福島医科大学)・早野(東京大学)連名の論文で、伊達市の住民に配布・装着したガラス線量計により測定した個人線量を航空機サーベィから得られた空間線量とを比較したものである。

この論文は、現在、放射線審議会で審議中の「東京電力福島第一原子力発電事故の教訓を踏まえた緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況における放射線障害防止に係る技術的基準の策定の考え方について」の参考資料のひとつとして取り上げられていたが、この論文に疑義が生じたということで当面引用しないということに落ち着いたようである。

今回の放射線審議会の当該論文の扱い、関連する議論を視聴したのであるが、多少、違和感を感じてしまった。率直にいって、我が国の放射線防護基準を議論する審議会としてはお粗末な対応・議論になっているのではないか。

このブログ記事では、とりあえず、関連資料のリストをアップしておき、今後の検討材料のひとつとして記録しておくことにした。

放射線審議会における議論
関連する放射線審議会の議論の議事は以下:

上記資料143-1-1号中に、2.2に「空間線量率と実効線量の関係の整理」があり、この(3)に「空間線量率と実効線量の関係に関する行政資料及び学術論文の整理」というなかで3つの資料が説明されている。これに対し、前回総会では、次の4つの資料が取り上げられている(資料 143-2-1号):

4つ目の資料の差し替えとして今回の審議会の配布資料資料 143-1-1号には「まとめ」という項目が追加されている。

上述の資料差し替えは、「宮崎、早野論文」に対する疑義が生じたことによるものであることが、事務局担当者より説明されている。説明内容を会議映像から書き起こしたので、多少長くなるが以下にアップしておく:

・・・今回、4つ目の資料につきましては、9月の時点では個人線量と航空機サーベィによる空間線量 ということでいわゆる宮崎・早野論文というのがございましたけど、今回は削除させていただいております。
 これについて少し補足させていただきます。説明させていただきますと、今年の1月8日付にですね、早野東大名誉教授が表明したコメントがございます。こちらによりますと、早野先生によりますと、まず第一論文、第一論文というのが今回資料で引用してた内容でございますけども、これに解析上の誤りはいまのところ見出されていないということ、それで、次に論文に用いたデータに不同意のものが含まれておれば論文そのものの扱いに大きなものを与えるということ、またデータの扱いについて関係者間の協議の結果によって、それに従って最善の努力を行うとコメントされているところでございます。それで、事務局といたしましては、現状において、当該論文の学術的な意義についてですね、ま、全否定されるものではないとゆうことでございますけど、論文の筆者のかたがですね、対象になるデータについて認めていること、又その論文を根拠としない場合でも、本審議会の今ご説明しております資料の1から3のデータに関しまして、事務局として、その信頼を確認していることでございますので審議会のこの資料の結論には影響を与えないのではないかと考えるところでございます。従いまして現状におきましては、当該宮崎・早野論文を引用することについては、差し控えることが適切ではないか、と事務局としては認識しております。それで、今後、関係者間で早急に対応していただいてですね、学術論文として信頼性が確認された場合においては、ま、再度掲載するということにしてはどうかというのが事務局の考えでございます。ということで今回は、この資料からは現状においては引用は差し控えさせているということでございます。
 それで次に資料のほうにもどっていただいて次の13ページで、従いまして、次に、纏めという欄を今回、4として設けました。こちらについてはですね、まとめの内容が、この論文がいったいなにを引き出せるかということについても意見がございましたので、この内容について少し書き下しましたけど、こちらの内容自身はですね、あの、昨年の6月の放射線審議会の資料で、おしめしした内容を、また、あらためて再掲したようなものでございます。一ぽつ目は事実でkございますけど、二つ目のポチとして個人の生活、行動が反映されるため、調査手法の違いはあるものの、測定装置で測定される空間線量と個人線量計で測定する関係には相当程度のばらつきがあるということ、それでまた、そのようなばらつきがあることを前提としても、個人線量の平均値が、空間線量から換算式で推定される被ばく線量にくらべ、ま、低い傾向にあったということ、それでこれらを踏まえると、空間線量と実効線量が関連づけられている基準というのは、もともと安全側にたった仮定がおかれていたが、結果として相当程度の裕度があったといえるというふうにまとめさせていただきました。

上掲の事務局担当者の説明、その主要部を抜き書きすると「資料の1から3のデータに関しまして、事務局として、その信頼を確認していることでございますので審議会のこの資料の結論には影響を与えないのではないかと考え」るとし、「空間線量と実効線量が関連づけられている基準というのは、もともと安全側にたった仮定がおかれていたが、結果として相当程度の裕度があった」とまとめたということのようである。

宮崎・早野論文を引用しないことによっては、審議会の結論は影響を受けないとしたうえで、この「審議会の結論」とはなにかといえば、「空間線量と実効線量が関連づけられている基準というのは」「結果として相当程度の裕度があった」という。なんとも酷い結論と思ってしまう。一体、宮崎・早野論文を引用した意図はどこにあったのか?

原子力規制委員会委員長による定例の記者会見
上掲の放射線審議会より数日前1月9日の原子力規制委員会委員長の定例会見において宮崎・早野論文に対して疑義が生じた問題について質問があり、更田委員長の見解がのべられている。

この定例会見の速記録があるので、これから関連部分を以下に転載しておいた:

○記者 NHKのフジオカです。よろしくお願いします。
空間線量率と個人の被ばく線量率の関係について、ちょっとお尋ねしたいのですけれども、先日の早野東大名誉教授の論文について、福島県の住民の方の被ばく線量が過小評価であったという指摘が出されているのですが、この過小評価の問題とはちょっと別の論文の話になると思うのですけれども、同じ早野氏の研究で、個人の被ばく線量が空間線量率より低くなるという関係性を示しているものも示されていると思うのですが、こうした委員長も空間線量率と個人の被ばく線量率について、問題意識を示されてきたこともあったと思うのですけれども、今の研究の信頼性がちょっと揺らいでいるという状況について、どのようにお受けとめでしょうか。
○更田委員長 私が空間線量率と、それから、個人の被ばく線量との関連を申し上げたのは、これは早野先生の論文等々を引いてというわけではなくて、直接関連のあるものではなくて、もともと事故の直後からJAEA等をはじめさまざまな取組があって、線量計をつけてもらって、生活行動パターンと、それから、今、規制庁が委託事業でやっているものは、これは実際の個人ではないけれども、空間線量率から行動パターンを決めてやると、それに対して、これは実際の個人ではないけれども、仮想上の個人がどのぐらいの被ばくをするだろうかというような研究もしています。
そうすると、実際、空間線量率0.23マイクロシーベルトが年間1ミリシーベルトという相関関係よりは、ずっと年間の被ばく量は小さなものになるというような結果が得られている。一般論としての結果です。
したがって、そういった意味で、0.23という値に十分保守性があるよねという確認だけでも十分だし、ないしは、それを踏まえたさまざまな行政上の判断というのはあるのだろうと思っていますけれども、ただ、今回の件に関して言うと問題は2点あるようで、これは直接規制委員会に関わるものではないですけれども、計算としての誤りがあったということと、それから、使用したデータに関して、これは伊達市から供給されたデー
タですか、同意されていない方のデータが含まれていたと。
このどちらも、信義上のものも含めて、いわゆる研究成果とされるものの信頼性を揺るがしてしまうというのは大変遺憾なことだと思っていますけれども、これは一つ、二つの論文に関わるものであって、規制委員会の活動や判断に直接影響を及ぼすものではないと考えています。
○記者 関連して、直接対応することはないということなのですけれども、例えば放射線審議会の議論に与え得る影響でしたりとか、そういったところについては、どのように現状では見ていらっしゃいますか。
○更田委員長 放射線審議会での議論では、当該論文を引用、これはまだドラフト段階なのだと思いますけれども、引用するないし引用しているということがあるように聞いています。これはあくまで放射線審議会が判断をされることですので、放射線審議会の議論・判断に規制委員会は介入するものではありませんので、これはあくまで放射線審議会が主体的に御判断されることだと思います。
○記者 ありがとうございます。

「一つ二つの論文に関わるものであった、規制委員会の活動や判断に直接影響しない」との発言、一年前の会見の「実証データが積み重なってきて・・1μSv/hのところに居住しても、年間の被ばく線量は1mSv/y以下になる」に比較すると、少しトーンが変わってきているような感じもなくはない。宮崎・早野論文は、「実証データの積み重ね」の主要部分を構成していたのではなかったのだろうか? 筆者の私の穿ったみかたかもしれない。

関連資料一年前のブログ記事に示していないものを以下に列挙):

  1. 放医研、原子力研究開発機構が線量の測定・推定法について調査報告したもの(2014年)
    東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る個人線量の特性に関する調査
  2. 放射線審議会に内藤論文として引用されているもの
    Naito W. et al(2017) Measuring and assessing the rehabilitation phase in litate village after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident, J.Radiol.Prot. 37 606
  3. 宮崎・早野による二つの論文(シリーズ論文)
    Miyasaki M. and Hayano R. (2016) Individual external dose monitoring of all citizens of Data City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident(series):

    1. Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys J.Radiol.Prot. 37(2017) 1-12
    2. Prediction of lifetime additional effective dose and evaluating the effect of decontamination on individual dose J.Radiol.Prot. 37 623 – 634
  4. 伊達市 ガラス線量計による外部被ばく線量測定に関わる発表資料
    1. 伊達市「外部被ばく線量年間実測値の分析結果について」(11月21日記者会見資料4)
    2. だて復興・再生ニュース 第8号(平成25年11月28日発行)
  5. 福島県及び近隣県における航空機モニタリングの測定結果について
    (航空機による空間線量測定法について言及したものの一例として示した)
  6. 黒川眞一 高エネルギー加速器研究機構名誉教授の宮崎・早野論文批判関連資料
    1. 被災地の被曝線量を過小評価してはならない 宮崎・早野論文「伊達市の周辺線量測定値と個人線量の比較を考える (Web論座 2017年05月29日)
    2. Comment on “Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): II”
    3. 黒川名誉教授緊急寄稿。疑惑の被ばく線量論文著者、早野氏による「見解」の嘘と作為を正す HARBOR BUSINESS Online (2019 02 11)
  7. 早野東大名誉教授による論文の訂正に係るTwitter投稿記事(1月8日)
  8. 宮崎・早野論文問題についての日経の報道


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