環境モニタリングにおける空間線量(率)について

April 15, 2014 – 11:23 am

 中西準子著の「原発事故と放射線のリスク学」(本ブログでは、以降、「中西リスク学」と呼ぶ)で、原子力規制委員会が公表している環境中の空間線量率の値に混乱があることが指摘されている。

 指摘されている「混乱」について調べてみた。これは、福島の放射能汚染地域の線量分布を把握するため「多数の」空間線量の測定点を設置するなかで生じた。設置された測定装置(「リアルタイム線量測定システム」と呼ばれる)は「環境放射線モニタリング指針」で示されている測定方式に準拠しておらず、これが「混乱」の主な要因と考えられる。

「周辺線量当量」と「空気吸収線量」: 「中西リスク学」のなかで、原子力規制委員会がWebサイトで公表している空間線量率について次のように述べられている。

 実は、わが国では、空間線量率として計測され発表されている数値に全く意味の異なる(当然数値の異なる)二つのものがある。一つは、・・・ 空気吸収線量でもう一つが「周辺線量当量」と呼ばれる値である。この二つは意味も異なるが、数値も大きく異なっている。
 原子力規制委員会は、「放射線モニタリング情報」というサイトで、全国および福島県の空間線量測定結果をリアルタイムで発表している。ここには、「リアルタイム線量測定システム」、「可搬型モニタリングポスト」「固定型モニタリングポスト」の結果が表示され、その値が表示されているが、リアルタイムの方は、周辺線量当量、モニタリングポストでは、空気吸収線量が測定され、その値が表示されている。
・・・・
 空間線量(率)として発表されている値の意味が明確にならないまま、空間線量=実効線量として、外部被ばく線量が計算され、その値が根拠となって、除染するか、帰還するかなどが議論されている。きわめて危ない状況である。(pp.15-16)

議論の前提となる線量の意味が明確でないというのだから、結構、大変な話だ。

随分昔の話になるが、1970年代後半頃、私は原子力施設周辺の環境で空間線量率を複数の異なる種類の放射線モニター機器で測定し相互比較するプロジェクトのお手伝いをさせてもらったことがある。その時には、「周辺線量当量」という用語も、それを測っている「リアルタイム線量測定システム」というものも聞いたことがない。

環境中の「空間線量(率)」の測定について、その当時とは、概念、方式が大きく変わってしまっているのかもしれない。不思議に思った。環境放射線の測定、評価という分野に多少かかわったことがある。この「混乱」の背景になにがあるか事情をしらべてみることにした。

「環境放射線モニタリング指針」: わが国の環境放射線モニタリングの方式は、「環境放射線モニタリング指針」というものに基づいて行われているはずだ。この「環境放射線モニタリング指針」(以下、「指針」と呼ぶ)は平成20年に改訂されたものが最新(平成22年に一部改訂)である。

てはじめに、この「指針」において、件の「空間線量(率)」(「指針」内では「空間放射線量(率)」となっている)がどのように記述されているのかを見てみた。確かに、この「指針」のなかに環境中の空間線量を測定する旨記載されている。しかし、空間線量(率)として測定すべき「物理量」を明示的に示している部分が見当たらない。どのような「物理量」を測定し、これから「空間線量」を導けばいいのか、明確になっていないのだ。

「指針」のなかで、関連するところをさがしてみると、解説I の「線量の推定と評価法」というところで「外部被ばくによる実効線量」に係る部分がそれに相当するように思われる。

以下のようになっている:

 空間放射線からの外部被ばくによる実効線量は、積算線量又は空間放射線量率の測定データを解析して算定される*1)。
・・・・
 なお、以上の解析結果から実効線量(単位mSV)の推定値を求めるには、原則として、空気カーマ*2)(単位mGy)に0.8を乗ずることとし、また照射線量(単位mR)の場合には7×10^-3を乗ずることとする*3)。ただし、緊急事態発生時の第一段階モニタリングにおいては1mGy=1mSvとする。

その脚注には、

  1. 積算線量及び空間放射線量率を測定していない場合には、空気カーマにより実効線量を計算することができない。この場合には、1cm線量当量(1cm線量当量用サーベイメータ、個人線量計等により測定できる)でも線量の評価を行うことが可能である。ただし、1cm線量当量は実効線量より安全側の評価であることに留意する必要がある。
  2. 一般環境で問題となるようなガンマ線のエネルギー範囲では、空気吸収線量は空気カーマとほぼ等しい。
  3. 「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する評価指針」(原子力安全委員会、平成13年3月)の線量係数による。

ここに抜粋した記述から、外部被ばくの評価にあたっては実効線量を算定することを基本とし、その値は「空気カーマ」に0.8を乗ずることによって求めるとなっていることがわかる。

これに加えて、脚注の1.には、「積算線量および空間放射線量率を測定していない場合」、物理量「空気カーマ」を求めることができないのでこの方式では実効線量の算定ができない。その代わりとして、1cm線量当量でも線量の評価を行うことが可能としている。ただ、1cm線量当量から実効線量をどのように算出するのかについては言及しておらず、その値が実効線量より安全側(高めな値)となることを記述しているだけだ。

なんともわけのわからない話になっている。

ともあれ、「空気カーマ」なる量を測定すれば、「指針」で求めようとしている実効線量の算定を行うことができるということのようだ。「空気カーマ」は、空気吸収線量もしくは照射線量を測定することと考えてよい。したがって、「空間放射線量(率)」を求めるには、空気吸収線量もしくは照射線量の測定を基本にすればよい、と理解できる。

それにしても、このあたり、なんとも曖昧な表現になっている。突然なんの説明もなく1cm線量当量が登場するあたり、理解に苦しむところだ。

改訂前の「指針」ではどうなっていたか?: これまで「指針」は数回にわたって改訂が重ねられてきている。上述した「環境放射線モニタリング指針」は、平成19年5月に防災指針が改訂されてきたのを契機に、それまであった二つの指針、「環境放射線モニタリングに関する指針」及び「緊急時環境放射線モニタリング指針」を廃止し、より包括的な指針として原子力安全委員会により決定されたものだ。

平成20年の改訂以前の「指針」のうち、ICRP1977年勧告の国内導入に伴い改訂された1989年改訂版がWeb上で見ることができる(サイトはここ)。

この1989年版の「指針」には空間線量の測定について、そのなかの解説Bに、明確なかたちで記述されている。旧「指針」が廃止され、あらたな「指針」として改訂されてはいるが、この旧「指針」が現行の「指針」と矛盾するところは見当たらない。空間放射線については、そのまま使ってもよさそうだ。

以下、多少長くなるが、以下、抜粋する:

B 空間放射線の測定
空間放射線量(普通はガンマ線による空気吸収線量*1)又は照射線量)の計測は、線量当量の主な寄与を知り得るということで重要であり、さらに連統計測による場合は、空間放射線レベルの変動を比較的速やかに知ることができるという点で意義が大きい。
*1) 本指針における空気吸収線量とは、自由空間中で荷電粒子平衡が成り立つとした場合の、空気の吸収線量をいう。

一般に環境における放射線には、大地、大気からのガンマ線、宇宙線、核爆発実験等により広い地域に拡散・沈着した人工放射性核種からの放射線、原子力施設の放出物からのガンマ線等が含まれる。これらの放射線量は空間的な不均一性、時間的変動が比較的大きいこととともに、放射線のエネルギー範囲及び方向分布が異なる等複雑な様相を示す。

モニタリングはこれらの特性を十分考慮してなされるべきであるが、すべてを満たすことは技術的に容易ではないので、ある程度選択的な計測にならざるを得ない。

ガンマ線の計測エネルギー範囲は計測器の性能に応じて変って来る。対象エネルギーの上限としては一般的に3MeVとするのが無難であろう。もちろん検出器によっては、より広いエネルギー範囲の計測が可能である。

検出器のエネルギー依存性、方向依存性、自己汚染、宇宙線に対する感度の違い等のため、計測器によって測定値は異なる場合がある。従って、種類の違った検出器を備えた計測器間の測定値を比較することには注意が必要である。

また、検出器の設置高さ、付近の地形及び構造物等の影響によって、同種の計測器でも測定値が違ってくるので、各設置点の周辺を含めた設置状況をなるべく同じにすることが望まれる。

なお、空間放射線の測定には通常次のような名称の設備が使われる。

  • モニタリングステーション:連続モニタに加えてダストサンプラ及び気象要素の測定機器を具備した野外測定設備
  • モニタリングポスト:連続モニタを具備した野外測定設備
  • モニタリングポイント:積算線量計を具備した野外測定設備

また前記設備の他に放射線測定車等も使われている。

空間放射線量率の連続測定及び積算線量の測定の詳細は、それぞれ、科学技術庁・放射能測定法シリーズ一七「連続モニタによる環境γ線測定法」及び同シリーズ一八「熱ルミネセンス線量計を用いた環境γ線量測定法」に示されている。

空間放射線の計測量は原則として空気吸収線量(単位Gy)とする。
照射線量(単位R)を指示する従来の計測器の指示値は、係数8.7×10^−3を乗ずることによって空気吸収線量に換算することができる。

「リアルタイム線量測定システム」とは?:新旧の「指針」には、空間放射線の測定に供するぢ標的な設備として、「モニタリングステーション」、「モニタリングポスト」、「モニタリングポイント」という3種類が示されている。このうち、最初の二つでは、連続的に空気吸収線量を測定しており、三番目の「モニタリングポスト」では熱ルミネセンス線量計により積算線量を測定している。ここでいう積算線量については、その校正法の記述から「照射線量(もしくは空気吸収線量)」の時間積算値と推察される。

「中西リスク学」で議論されている「リアルタイム線量測定システム」なるものは、「指針」のなかでは、その性能、仕様については定義されてはいない。

一体、この「リアルタイム線量測定システム」なる設備の性能、仕様はどのようなものか、そして「指針」とのかかわりはどのようなものになっているのか?Web上で入手可能なドキュメントのなかに、これに対応する性能、仕様について記載するものは見当たらない(規制委員会のプレスリリースに説明はあるが、そのなかには、測定線種として、γ線(空間線量率(Sv/h)を測定)と記載されているが、測定方法についての記載はない)。

原子力規制委員会公表のサイト「放射線モニタリング情報」の各エリアのモニタリングポストの値を地図表示するページ(たとえば、このページ)の脚注には次のような記載がある。

※固定型や可搬型モニタリングポストは、空気吸収線量率[μGy/h](マイクログレイ毎時)で測定しており、ウェブサイト上では、環境放射線モニタリング指針(原子力安全委員会)に基づき、1[μGy/h](マイクログレイ毎時) = 1[μSv/h](マイクロシーベルト毎時)として換算し、実効線量を表示しています。
一方、一般的なサーベイメータや福島県内に設置しているリアルタイム線量測定システム等は、1cm線量当量率[μSv/h] (マイクロシーベルト毎時)を測定しています。
実効線量と1cm線量当量は、どちらも[μSv](マイクロシーベルト)単位ですが、一般的に1cm線量当量は 実効線量より高めの値となります。
(※環境放射線モニタリング指針では、「1cm線量当量[Sv]でも 線量評価は可能だが、安全側の評価となることに留意する必要がある」旨、記載されています。)
※可搬型モニタリングポスト及びリアルタイム線量測定システムについては、冬季期間中、降雪の影響により欠測する場合があります。

この脚注の記載では、「リアルタイム線量測定システム」は1cm線量当量率(μSv/h)を測定していることを明らかにし、そのうえで、上述した平成20年版の「指針」の脚注の記載を引用するかたちで、「1cm線量当量(Sv)でも線量評価は可能」と記述している。

この脚注からは、空間線量の測定のために1cm線量当量を用いたことに触れ、これが「指針」で許容された測定法であることを述べてはいるが、空気吸収線量率を測定せずに敢えて1cm線量当量を測定した積極的な理由についての説明はない。なんとも、不思議なことである。

想像をたくましくすると、1cm線量当量測定用の放射線測定機器が、日常的に放射線管理業務に用いられているサーベメータで、簡単に多数の測定器を準備することが可能との判断があったのかもしれない。それとも、「リアルタイム線量測定システム」の性能・仕様を定めたものが環境放射線の測定について、基本的な知識を持ち合わせていなかったのではないかともかんぐってしまう。

まとめ:冒頭の部分で挙げた「中西リスク学」の指摘は、極めてまっとうな指摘と考える。なにはさておき、判断の基礎である空間線量がなんであるか、を明確にすることが必要なはずだ。

こうした「混乱」が引き起こされた理由は、我が国でこれまで行ってきた環境放射線測定の歴史、そしてそれをまとめた「環境放射線モニタリングにかかわる指針」を十分に理解することなく、それから「逸脱(少し表現は悪いかもしれない)」した方式を採用したことによるものと考える。

それにしても、「化学物質の環境汚染」の専門家で、放射能、放射線のリスクとのつきあいがそう厚くない「中西リスク学」の著者により、放射線の測定、評価に関わる基本的な部分について問題を指摘されるということに、我が国の環境放射線に携わる「専門家」はどのように考えるのだろう、なんて思った次第。

長々と書きなぐってしまった。自らの理解のために、メモとして残しておいた。


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  2. May 1, 2014: 「中西リスク学」にみる線量限度(年間1ミリシーベルト)の根拠 | Yama's Memorandum

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