Stephen Witt著「誰が音楽をタダにした?-巨大産業をぶっ潰した男たち」を読んでみた
February 11, 2017 – 7:06 pm実に、面白い本を読んだというのが私の読後感だ。
原題は、HOW MUSIC GOT FREE – The End of an Industry, the Turn of the Century, and the Patient Zero of Piracy、翻訳本だ。
オーディオデータの圧縮フォーマットMP3の開発、普及、そしてそれがもたらした巨大音楽産業の再編の詳細を描くノンフィクションだ。IT技術の規格・標準化、知的財産権、Webプログラミングの発展が相互に絡み合う物語といえる。
ここで描かれる物語を構成する個々については、断片的にではあるが、私もそれなりの知識を持っていた。しかし、本書を通じて、その全体像を俯瞰することができたように思う。IT技術が産業全般に及ぼしているインパクトの大きさにあらためて気づかされた。
オーディオ圧縮フォーマットMP3の開発と普及:
本書は、ドイツのIT技術研究者 Karlheinz BRANDENBURGの開発したMP3が、技術的な優位さを持つにもかかわらず、規格を定めるワーキンググループMPEGで不採用となるところから始まる。
ここで、既存の巨大メーカとその政治力が新しい技術、MP3を葬りさってしまう。よくありそうな話だ。
オーディオデータを情報処理技術のもとで扱おうとすると、当然のことながら、ディジタル化することが必要になる。オリジナルの(アナログ)音源をより忠実にディジタル化しよとするとそのデータ量が大きくなりその処理が難しくなったり、その保存・管理が難しくなる。しかし、一定の忠実度は維持しないと、オーディオデータとしての品質は保てない。
そこで必要になるがのが圧縮技術だ。生のオーディオデータには人間には知覚できないデータも含まれる。ディジタル化に際しては、ヒトが知覚可能な音を選択的に取り込むとか、ヒトの音を認識する特有な「くせ」を取り込む、すなわち音響心理学的の知見を取り込むことにより、実効的にデータ量を小さく「圧縮」する。それにより、巨大な音声データを縮減しても(ヒトにとって)原音を忠実に再現するアナログ音を得ることができる。
オーディオデータの圧縮技術の優劣は決定的に重要だ。優れた圧縮技術があれば、音声の質を下げることなくオーディオデータの転送も低コストでできるし、保存する媒体も小さくて済む。こうした圧縮技術により、音楽だけでなく、ディジタル通信を基礎とする電話も可能になった。
MP3と呼ばれる圧縮方式(フォーマット)は、数年前まで、最も普及したフォーマットとしてしられている。このフォーマットで圧縮された音楽データの普及・流通の過程こそが、本書で描かれる物語だ。興味深いことに、この圧縮フォーマットMP3の世界的な流通、普及の担い手は若者などサブカルチャーの担い手だったというところだ。
既存の権威が大きな資本を投下し、意識的に流通・普及させたものではなく音楽好きな若者であったり、パソコンお宅の若者たちが「草の根」的に流通・普及させたのだ。革新的なコアな技術が世界を変えるほどに普及するにはさまざまなパスが存在することを忘れてはならない。
インターネットを介したMP3ファイルの流通と知的財産権:
音楽のMP3フォーマットによるエンコーディングそして再生可能な環境が整ってくると、インターネットを介する音楽ファイルのコピー、共有が大がかりに行われるようになる。こうなると、CD、DVDなど従来の媒体を介して音楽の「販売」を生業とする音楽産業が衰退の道をたどることは容易に理解できる。
音楽産業は、当然のことながら、知的財産権を盾に従来の秩序を維持しようとする。しかし、結局は、インターネットを介した音楽データの流通を抑えこむことはできない。ひとたび「無料」で音楽を手にいれる環境が整うと、だれも音楽CDを購入しようと思わないからだ。
こうなると、音楽コンテンツの「所有者」に残された道はたったひとつだ。国による規制の強化しかない。
こうした背景から2006年にスウェーデンに海賊党なるものが誕生する。本書では、海賊党の主張が紹介される。彼らの主張、インターネットと知的財産との関係を考えるうえで決定的に重要と思われる。多少長くなるが以下に引用・転載しておく:
2006年はじめに、スウェーデンに新党が生まれた。海賊党だ。それまでの左翼政党と違い、彼らは著作権法の緩和とインターネットのファイル共有者への面積を求めていた。インターネットのファイル共有者への免責を求めていた。インターネットには希少性などという概念は存在しないし、エリスのような大学生が自室で世界最大の音楽ライブラリーを作り上げることが可能だということを、彼らは経験から知っていた。とすると、著作権所有者はおのずとひとつの道に走る。わざと供給を減らして人工的に希少性を作り上げるのだ。アラン・グリーンスパンがかって指摘したように、そんな状況を作り上げるには、国が圧力をかけるしかない。
・・・
(海賊党のEU議員の主張は)何世紀も続いてきた知的財産法の理論的かつ倫理的根拠に対する初めての真剣な挑戦になった。メディア業界からの圧力で、もともと14年だった商業コンテンツの著作権保護期間は100年を超えるまでに延長されていた。これによりパブリックドメインが縮小し、一握りの多国籍企業が文化的創作物の大半を握ることになった。海賊党のふたりは、・・・著作権保護期間を5年に短縮し、ソフトウェアとバイトテクノロジーの特許をすべて抹消することを求めた。海賊党の目的は、パブリックドメインを拡充し、インターネット時代にだれでもそれを手に入れられるようにすることだった。
それは見かけほどバカげた主張ではなかった。海賊版のMP3ファイルの流通がモバイル機器のイノベーションを引き起こしたのは確かで、スマートフォン開発のきっかけはナップスターにあるとも言えた。それはもっと幅広い範囲にも言えることで、国家によって人工的に作られた希少性が、さまざまな分野のイノベーションを疎外していると海賊党は主張していた。・・・(pp.313-315)