福島第一事故についての原子力学会シンポジウムにでかけてきた
August 7, 2011 – 1:00 pm 私の住む茨城県東海村で、原子力学会主催「福島第一原子力発電所事故と原子力安全に関するシンポジウム」が開催された。原子力の専門家のあいだで、今回の原発事故がどのように議論されているかを知りたくて、参加してきた。
ひとことで感想を述べさせていただくと、原子力の未来をどうするか深刻に考えねばならない大事故を経験したにしては、なんともノンキで脳天気な議論が行われていることに驚きすら感じた。
村内の自治会経由でシンポジウムの案内が届いた。村内で回覧されたシンポジウムの案内は右図のようなものである。今回のように原子力学会が主催するシンポジウムが自治会経由で回覧されたというのは、私が記憶する限りはじめてのことである。
回覧された案内をみると、今回のシンポジウムを東海村が後援しているという。「地域からの課題提起」ということで村上達也村長の講演も予定されている。今回の福島第一事故の発生を受けて、原子炉を抱える自治体東海村そして住民に対して、今後の原子力のありかたを考えようという呼びかけが行われたものと理解した。
私の自宅は今回事故を起こした福島と同型(沸騰水型)の原子炉から2キロの位置にある。福島第一と同程度の事故が我が東海村で発生すると、最低でも、我が家を失なってしまう。
原子炉の周辺に住む住民にとっては大変な事態なのである。真剣な議論を望む。
シンポジウムで原子力の行く末が議論されたのか?: 私がシンポジウムの会場にでかけたのは演題「リスクとは何か」以降であり、それ以前の講演の内容・議論がどのようなものであったかは知らない。
しかし、私の聴く事ができた「リスクとは何か」、「放射線影響・防護」、パネルディスカッション「原子力安全をどう考えていくべきか」のなかでは、なんら原子力の行く末が議論されたようには思えなかった。私の聴いた講演、議論について、以下、印象を述べさせてもらおう。
「リスクとは何か」を拝聴して: 正直なところ何故今「リスクとは何か」などということが議論されなければならないのか? 私には理解できない。結局のところ、事故発生前のある種の「プロパガンダ」が、事故を経験した今になっても繰り返されている。「プロパガンダ」という表現がおかしいというなら、事故の「リスクプロファイル」をいかに表現すればよいかなんて議論を、何故今、議論しなければならないのか?全くもって理解できない。
「放射線影響・防護」を拝聴して: 放射線防護の一般的な話題が話されていた。それ以上の話は殆どきくことはできなかった。
私自身、実は、放射線防護の話については、一定程度の知識を持ち合わせている。放射線管理とか、環境放射能の評価研究という仕事も短期間ではあるが従事していたこともある。
放射線防護の一般的な知識について講演していただくこと自体は結構な話である。
しかし、だ。事故を経験した今、最も重要なことは、いままで放射線防護が対象にしてきた「管理された」放射線源の「管理のやりかた」を議論することではないはずだ。福島第一事故により、我々の環境は「『管理されない』かたちで放射能まみれ」になってしまっている。こうした事態に直面した今、我々は一体どう放射線被曝にどう対処すればいいのか?このあたりのメッセージが全くといっていいほど伝わってこない。
確かに、チェルノビル事故を受けて、ICRPも従来とは異なるかたちで、環境の放射能汚染に対処する方法について「指針」を提出している。果たして、そういう「指針」を我が国のように人口密度の高い地域に適用していくにはどうしたらいいのか?今、緊急の課題として、真剣に考えねばならないところにあるのではないか?
講演程度の話であれば、ちょっと知識があれば、誰だってできる!と思った次第。
「パネルディスカッション」を聞いて: なんとも、緊張感に欠けたパネルディスカッションであった。「原子力防災研究会」の三瓶正三さん以外のパネラーについては、失礼ながら床屋談義の域をでないとの印象を受けた。
ただ、ネガティブな意味で、我が国の原子力の未来にとって非常に気になる議論がおこなわれたとの印象がある。それは、我が国の原子力開発の「国是」ともいえる「自主・民主・公開」の原則をないがしろにするような議論である。
今回のような「原子力災害」発生時において、これに対処するための「放射線防護部隊」が自衛隊に存在すべきであるが、そういうものが存在しないとの発言が、柴田徳思氏よりあったと記憶している(私の記憶がまちがっていたら訂正したいのであるが・・・)。この発言、今回の福島第一事故で待機した米国の核テロ専門部隊との対比で議論されたものと推察する。
もし、私の記憶が間違っていないとすると、これは大変な発言である。自衛隊による「放射線防護部隊」にかかわる研究は、私の理解では、我が国の原子力界において否定されている、というのが我が国の原子力界での常識ではないかということである。こうした議論は、「原子力の軍事利用」への道を拓くということになってしまうからである。
関連する議論として、やはり柴田徳思氏の発言から議論されたことであるが、原子炉の安全にたいする対処として「核テロ」の問題が議論されたことである。確かに、使用済み燃料が原子炉のなかでほぼ「無防備」な状態に置かれており、「核テロ」の対象にされると大変な事態になるとの認識は理解できる。
しかし、もし「核テロ」に対して防備を強めるためには、原子力施設の管理を厳しくする以外に方法はない。原子力施設の内部のみだけでなく、施設周辺に対しても治安の対象としての管理が厳しくなるにちがいない。
そうであれば、高木仁三郎が「プルトニウムの恐怖」などで議論してきた管理社会を容認する以外には原子力の安全性は確保できないということになってしまう(高木仁三郎の議論)。
「原子力の安全」と引き換えに、「恐怖の管理社会」を受け入れることなどまっぴらごめんだ。
柴田徳思氏とは誰?: こうした発言をした柴田徳思氏、年齢は69歳。どうも原子力というより、原子核、素粒子の研究者の経歴を持ったかたのようだ。実に、このかた、日本学術会議の放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会の委員長をされていたようである。
原子力利用の原則、「自主・民主・公開」を打ち出した日本学術会議の一委員会の責任者が、全くそれに反するような動きをするとは、いかがなものか?私の誤解に基づくものであればよいのだが。
私にとって、こうした「自主・民主・公開」の原則を堅持できないような原子力の開発は到底容認できない。
まとめ: 私は、30年間にわたって、原子力業界で仕事をさせていただき、今は、リタイアしている。今回の福島第一事故を経験し、今後、どのような態度で原子力と向き合うべきか、ただいま「考え中」である。
今回、参加させていただいた「原子力学会のシンポジウム」、私にとって、もう一度、日本の原子力の生い立ち、歴史について考えるべきであるということを教えてくれたように思う。
シンポジウムの講演者、パネラーなどの発言を聞いていて、我が国の原子力界の辿ってきた歴史はなんだったのか、我が国の「原子力の平和利用」とはなんであったのか、このあたりを原子力に従事するものは考え直す必要があるのではないか。
このように考えるのは、私ひとりか?
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