J-PARC 事故の説明会に参加してきた

June 16, 2013 – 4:34 pm

5月23日に発生したJ-PARC事故について施設周辺住民(茨城県東海村居住者)への説明会が開催された。住民の一人として、事故の詳細を知ることができればということで参加させていただいた。

今回の事故は、原発事故と異なり、陽子加速器装置で発生したものである。この種の装置で、微量とはいえ環境中に放射性物質を「放出」するにいたったというのは、私にとっては、驚きだった。おそらく、世界でも類例のない事故ではないかと想像している。

説明会で受け取った資料、そして説明、その後の質疑について、私の感想も交えてメモしておいた。

(なお、ここで記載した内容については、執筆者、私の理解であり、誤まったところもあるかもしれない。ご容赦願いたい)。

事故の概要: 説明会の話をまとめると、今回の事故、次のようなものだ。

事故は、J-PARCのなかの「ハドロン実験施設」で発生した。

このハドロン実験施設では、50GeVのシンクロトロンから「専用電磁石」により陽子ビームを導き、これを標的である金に当て、核破砕反応によりパイ中間子あるいはK中間子を発生させ、素粒子実験を行っている。

事故は5月23日11時55分頃に発生した。計画では、ビーム(陽子)が、2秒間の幅で陽子の総数にして約30兆個、金の標的に当てるよう計画されていたところ、実際には、時間幅にして200分の1の5ミリ秒の短時間に約20兆個が当てられた。これは、上記の「専用電磁石」の電源の誤動作によるものとされている。

これにより、金標的は「異常な高温」になり、放射性物質が発生。この放射性物質が実験ホール内に漏洩し作業者を放射線被曝させるに至った。放射性物質の漏洩により実験ホール内のエリアモニターが通常の10倍の放射線レベルを検知した。

放射性物質が実験ホール内に漏えいし、ホール内に放射性物質が充満している状態で、実験ホールの排気ファンを稼働させ、これにより実験施設外に放射性物質が放出されるに至った。

放射性物質の発生の経緯: 金標的に陽子ビームから与えられる熱エネルギーを除去するため水冷の構造になっている。事故発生時においては単位時間あたりに標的に与えられる熱エネルギーが計画の約300倍となり、金標的部に、その熱除去能力を著しく超える、もしくは伝熱が期待できないかたちで局所的に熱が与えられたことから、金標的が異常な高温になり、金標的の少なくとも一部が溶解蒸発した(と想像される)。

金標的において核破砕反応を通じて生成される放射性核種は、正常時においては、金内部に保持されるが、上述したように金標的部が溶解蒸発したために「標的エリア」内にガス状にて充満したものと考えられる。

放射性核種の実験ホールへの漏洩: 下図は説明会の配布資料に記載されている「ハドロン実験ホールの垂直断面図」である。

ハドロン実験ホール断面図

この図にみられるように、金標的部は放射線を遮蔽するための「遮蔽ブロック」で周辺が覆われており、さらに、これらのブロックとブロックの間はゴムシートが配置され「空気の仕切りの境界」を作っている。

金標的の溶解、蒸発によりガス化した放射性核種はこの「空気の仕切りの境界」を越えて実験室ホールに漏洩したものと考えられる。

なお、配布資料中には、「ブロックとブロックの間はゴムシートで漏えいを防止」と記載されているが、この記述から、標的エリア内で「ガス状放射性物質」の発生が予想されておりその「漏えい」を防止するよう設計されていたものと理解される。残念ながら、事故発生時点では、漏えい防止効果という役割は果たされていなかった。おそらく、「金標的エリア」は実験ホールとの間には「空気の仕切り」を行うに十分な設計になっていなかったのではないか、と疑われる。

それにしても、「漏えい」したという事実は不可思議だ。そもそも、「空気の仕切り」などはなかったのか、もしあったとしたら、「金標的エリア」の内圧が高くなったということがあったのか?ちょっと考えにくい。

実験ホール内への放射性物質の充満と作業者の放射線被曝: 上述した「空気の仕切りの境界」を超え「ハドロン実験ホール」内に放射性物質が漏えい充満した。

配布資料の「事故発生の経緯」によると、放射性物質の「標的エリア内での」発生は、「加速器の電磁石電源装置の異常信号」によるビームの自動停止時、11時55分頃と予想される。それから1時間30分後に(実験ホール内のエリアモニタにより)ガンマ線線量率の上昇が確認される。

エリアモニタの発報から45分後(15時15分)、排風ファンを運転し、エリアモニタのガンマ線量率の低下を確認する。これにより、エリアモニタの発報の原因が「実験室内に放射性物質が充満」していたことによるものと理解したものと考えられる。

それから1時間45分後(17時頃)「実験室ホール内の線量率を測定し、局所的に線量率の高い部分が判明」する。それから30分後(17時30分頃)「ハドロン実験ホール内の線量を下げるためため、排風ファンを運転」し、23時30分頃施設から全員退去し当該実験施設の管理区域を閉鎖。

17時30分頃の(2度目の)排風ファン運転の前に実験ホール内の空気を採取し、空気中の放射性核種の濃度を測定している。以下(説明会配布資料より):

ハドロン実験ホール放射能濃

感想をひとこと: 説明会での説明そして質疑を通じて感じたことは、施設の設計・構成が、大きな出力を持つ巨大加速器に相応しい放射線・放射能取扱い施設として十分ではなかったのではないか、という疑問だ。

上述したように、設計上、「標的エリア」はその外部との間に「空気の仕切り」を設けているということになっているように想像する。しかし、この事故を通じて明らかになったことは、この「空気の仕切り」なるものが全く機能していないことだ。「空気の仕切り」を設けていることにより、一応、実験ホールが放射線管理上の区分として「第2種放射線管理区域」として取り扱かっていいこととされたものと想像する。

「空気の仕切り」効果が十分でなかったことは、おそらく設計上の不備なのであろう。だとすると、説明会の質疑のなかでも指摘されていたことだが、この施設の安全審査が適正に行われていたかどうかについても疑問を感じさせてしまう。「第1種放射線管理区域」という扱いであれば換気方式も単なる「排風ファン」ということにはならないはずだ。

事故の発生は、最初に、ビーム自動停止によって示唆された。しかし、その後10分程度で「電源装置をリセットし、ビーム運転を再開」したとされている。この間、作業者は、金標的エリア内において「放射性物質の発生」といった兆候を全く把握していないということだ。説明会では「標的エリア」内の状態を把握するモニター類は「(金標的の?)温度センサー」のみで、標的エリア内の状態を把握するための放射線モニターといったものはなかった、との説明があった。この一連のながれ、作業者は責められない。何が起こったのか知るすべを持っていなかったのであるから。

1度目の「排風ファン」の運転はエリアモニタの発報の原因を探るためであったようだ。2度目は、実験ホール内の放射線レベルを下げることを意識して運転されたという。この2回の排風ファンの運転が施設外への放射性物質を放出に至らしめた原因であり、そのこと自体は許されるざることであるが、施設内の作業者の被曝を除去するためには積極的な意味があったのかもしれない。

作業者の内部被ばく線量の算出について、事故翌日に行ったwhole-body counterの測定値を用いて行った旨の説明があったが、実験ホール内の放射性核種の組成は事故直後においてはかなりの短半減期核種も含まれていたものと考えると、公表されている被曝線量を超える被曝があったのではないか、と想像する。(単に想像の域を超えないが・・・)

以上、いろいろ考えるに、今回の事故の根本原因は、大規模加速器装置を扱う施設としての放射線管理の観点からの設計が不十分であったこと、そしてそれに対する安全審査の甘さ、不適切さが問題であったと推察する。

蛇足ではあるが、説明会のなかで、施設外への放射性物質が「漏えい」したことが最大の問題だったように捉えられているように感じた。作業者の被曝も「法的基準範囲内」であり、施設外への放射能の漏えいさえなかったら・・というような印象さえ受けた。これはおかしい。施設外への放射性物質の放出は論外であるが、今回の作業者の被曝事故についても被曝線量の過多ではなく、計画されてない被曝事象であり深刻な被ばく事故だ。どちらも、上述した根本原因に起因するものだ。

世界に冠たる「高エネルギー研究所」が、このような放射線管理のレベルでしかなかったのは実に残念。

こうした事態を乗り越えて世界的な研究業績が生まれることを心から期待したい。


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