児玉龍彦著「内部被曝の真実」を読んで見た
October 24, 2012 – 5:45 pm児玉龍彦東京大学教授(アイソトープ総合センターセンター長)が、福島第一事故の3ヶ月後、国会の参考人として、事故により環境中に放出された放射性物質による健康影響についての意見説明を行った。この意見説明、参考人、児玉教授の「エモーショナルな」説明もあいまって、マスコミでも大きく取上げられた。
本書は、そのときの意見説明、質疑応答を収録するとともに、その背景にある児玉教授の主張をサポートする諸事実をまとめたものだ。
近所の公立図書館に展示されているのを見つけ、今更とは思ったのだが、時間をおいた今、冷静な目で、何が議論されたのか、読み直してみることにした。
本書が主張しているポイントを私なりにまとめてみると、以下のようになる。
- 福島第一事故により環境中に事故的に放出された放射性物質の量、そしてそれが拡散・到達した範囲は非常に大きいものであり、放射性物質の取り扱いに係わる現行法(放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(以下、略して「放射線障害防止法」)が前提とする状況をはるかに超えている。したがって、これをどのように取り扱うべきかは、超法規的なものにならざるを得ない。
- 環境中に放出された放射性物質による健康影響を考える際には、良く行われているように統計的あるいは疫学的な知見のみを基礎にその影響の有無をジャッジすべきではない。なぜなら、放射能放出による被曝と健康影響に因果関係があることを疫学的に証明するのは、非常に困難だからだ。
- 今、重要なことは、放出放射能の健康影響の有無を議論することではなく、(健康影響があることを前提に、)汚染地域の住民、とりわけ子どもと妊婦を放射線被曝から守ることである。このためには、汚染された地域の放射線量をしっかりモニターし、放射線被曝をさける方策をとるとともに、放射能の環境汚染を現行法では取り扱えないことを直視し、法的な枠組みを早急に整備し、そのもとで除染作業などを強力に推し進めなくてはならない。
現行法では取り扱えない放射能汚染: 児玉教授の主張するように、福島第一事故により環境中に放出された放射性物質は、「放射線障害防止法」では取り扱うことはできない。
そもそも「放射線障害防止法」は、放射性物質の管理のあり方をを定めるものであり、当然のことながら、今回の事故によるように放射性物質が管理不能な状態で環境を汚染するような事態には対処できないのだ。以前、本ブログで指摘したように、「事故により東日本が放射能まみれ」になってしまっており、これは「放射線障害防止法」では全く想定していない事態だ。
ひとたび環境を汚染した放射性物質を取り扱う方策には、おおまかにいって「集めて隔離」(十分に管理・遮蔽されたエリアに保存・隔離)、もしくは「希釈」(大量の水などにより放射性物質の濃度を低下させる(洗浄する))といったふたつの方法がある。
今回の事故により環境を「放射能まみれ」にした状態では、通常取られる方策には大きな困難がある。このあたりを、児玉教授は以下のように説明している:
現行の放射線の「障害防止法」というのは、高い線量の放射線が少しあることを前提にしています。このときは総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度が問題となります。(p.13)
そのとおりだ。
健康影響を疫学研究を基礎に予測するのは困難: 放射線による健康影響、とりわけ低線量被曝と健康影響の因果性の有り無しを見極めるのは非常に困難だ。通常は、過去の疫学研究をベースにその因果関係の有無をジャッジすることが多い。
本書では、チェルノビル事故において、幼児を中心に甲状腺がんが多数発生した事実が放射性ヨウ素による被曝に起因するものとして、研究者間で共通理解に至るまで20年もの歳月を要したことを指摘する。
放射性ヨウ素による甲状腺がんの発生は、他の形態の傷害に比べて、関連するデータも多くあり、その因果関係を認めるのは比較的容易な部類にはいる。しかし、比較的識別が容易なこの種の傷害について因果関係を共通の理解とするのに20年もの歳月を要したという事実から、児玉教授は、疫学研究をベースとするジャッジ、対策は何の助けにもならない、と喝破する。因果関係が研究者間で共有されたときには、既に、あとの祭りだったというのだ。
このあたり、本書の説明はかなり説得力がある。
チェルノビル膀胱炎: 放射性セシウムにより慢性的に被曝したことに起因し膀胱炎が発生したとの報告があるようだ。この傷害に係わる研究は、福島昭治日本バイオアッセイ研究センターセンター長により、精力的に行われたものだ。
この報告の真偽については賛否がある。こうした膀胱炎の存在の主張は少数意見と見受けられる。福島昭治自身も、自身の著作、(チェルノブィリ膀胱炎物語―福島原子力発電所の災禍を前にして思う―)において、そのあたりを書いている。
これに対する意見として、測定した尿中137Cs量が極めて低用量で細胞に影響を与えるとは考えられないこと、しっかりとした臨床データや疫学解析がないこと、さらに、国際機関で認められていないとの指摘がある。従って、膀胱病変の起因を137Csに求めるのは無理があるとのことである。
私自身は、傷害発生のメカニズムについては全くの素人である。したがって、膀胱炎が放射性セシウムによる慢性的な低線量被曝に起因するものかどうかを判断することはできない。しかし、被曝線量の算出・評価を行う標準的なモデル、ICRPの被曝モデルでは、『慢性的』な被曝を取り扱うものにはなっていない。私自身の感想をいうと、こうした報告を専門家は、詳細に検討をすべきではないかとの印象を受ける(ICRPの被曝モデルでは積算線量のみが指標になり、それが慢性的な被曝かどうかということにいついては考慮の対象となっていない)。
この『慢性的』な被曝に関連し、児玉教授の指摘、説明は興味深い:
放射線障害については、よく「100ミリシーベルト閾値論」ということが言われます。簡単に言ってしまうと、年間被曝量100ミリシーベルトまでは、生体は放射線に反応しない、放射線の影響はないという説です。もう一つ、ホルミシス論というのもあって、ある線量以下だと、細胞は反応するのだけれど、いい影響しか出ないという説です。私はどちらもおかしいと思います。
細胞に低線量の放射線が当たると、p38のようなシグナル分子が活性化します。ホルミシス論はそれを論拠にしています。
私の専門は動脈硬化で、コレステロールにより欠陥の内皮細胞が活性化されるメカニズムについて論文を書いて「ネイチャー」の表紙になって、それで東大の教授にしてもらいました。コレステロールみたいなありきたりなものでも内皮細胞を活性化して、プラークという腫瘍みたいなものを作ってしまうことを調べたのが、私の一番の仕事です。
それと同じように、膀胱の上皮についても、p38が活性化されると、最初は細胞が増えたりする。細胞が増えると、細胞が元気になった、ホルミシス効果じゃないかという研究者がいるのですが、増殖が長期に続けば腫瘍です。
そのような増殖性病変が15年も続くと、それまでとは違った悪い変化がでてくるということを、福島先生たちは指摘されたわけです。(pp.65-66)
なるほどと思う。こうした視点は大切だ、というのが私の感想だ。
平時の管理下での放射性物質の取り扱いと、放射能まみれになった環境下での取り扱いは異なるはずだ。特に、低線量であっても、慢性的な(内部)被曝をできうるかぎりさける方策として、食品中の放射性物質の的確なモニタリングとそれに基づく食品の摂取制限が非常に重要だ。
このあたりを今後さらに考えてみたい。
またしても、まとまりのないエントリーになってしまった。
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