「住民帰還へ「個人の線量」に」なる新聞記事を読んで考えたこと

November 26, 2013 – 8:53 am

日経Web刊(11/20 12:26) に「被曝基準を実質緩和 住民帰還へ「個人の線量」に 規制委決定」なる記事がでていた。この記事に触発され、福島第一事故による避難住民の帰還問題のなかで、「住民帰還の可否を決める基準とは何か?」そして「公衆の被曝線量管理に個人線量計を導入することは実効的なのか?」について考えてみた。

この問題を考えるなかで、規制委から公表されている関連資料も読んでみた。この規制委の決定・提言について、私なりの感想をのべさせてもらうと、かなりの無理があり、あまり実効的なものではないように思えた。以下、私が考えたことをメモしておいた。
(この記事、11/27に全文書き直しした。)

日経記事の内容は?: 日経記事のリード文は以下だ:

 原子力規制委員会は20日、東京電力福島第1原子力発電所事故で避難した住民の帰還に向け、個人ごとの放射線量の実測値を安全性の目安とすることを正式決定した。これまで基準としてきた空間線量は実際に浴びた放射線量より過大な推計値で、今後はより正確性の高い個人線量を使う。同じ放射線量でも数値は最大で7分の1程度に下がる見通しで、事実上の基準緩和となる。これを受けて政府は来春にも一部地域で避難指示の解除を目指す。

この記事、「住民の帰還の可否を決める基準をこれまでの空間線量から個人線量に代える」というもののように読める。さらに、「個人線量は空間線量(から推計するもの:筆者付け加え)より正確で低いので、これを使うことにより、基準を緩和することになる」としている。

この記事のなかに表れる「空間線量」、「個人線量」さらには「放射線量」という用語がなにをさしているのかよく理解できない。特に、「同じ放射線量でも・・」なんて部分は、正直、理解に苦しむ表現だ。失礼ながら、この記事自体はあまり良質なものとは思えない。

しかし、記事の扱っている問題、かなり重要なものには違いない。

規制委員会の資料を読んでみた: 11月20日の原子力規制委員会で配布された資料に「帰還に向けた安全・安心対策に関する基本的考え方(案)(線量水準に応じた防護措置の具体化のために)」というのがある。上述の新聞記事は、この資料をもとに行われた規制委の議論と決定・提言を指しているように思う。

この資料を読むかぎり、住民の避難指示を解除するための「安全性の目安」が空間線量から個人線量に代えるべしと提案されたようには思えない。

資料のなかで、避難指示の解除に関わる部分は、私の理解では、次のところだ(少し長いが以下引用):

 我が国では、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告等を踏まえ、空間線量率から推定される年間積算線量(20ミリシーベルト)以下の地域になることが確実であることを避難指示解除の要件として定めている。
 ただし、避難指示区域への住民の帰還にあたっては、当該地域の空間線量率が20ミリシーベルトを下回ることは、必須の条件に過ぎず、同時に、国際放射線防護委員会(ICRP)における現存被ばく状況の放射線防護の考え方を踏まえ、以下について、国が責任をもって取り組むことが必要である。

  • 長期目標として、帰還後に個人が受ける追加被曝線量が年間1ミリシーベルト以下になるよう目指すこと
  • 避難指示解除後、住民の被ばく線量を低減し、住民の健康を確保し、放射線に対する不安に可能な限り応える対策をきめ細かに示すこと

住民の帰還の基準については、従来どおり20ミリシーベルトを必須の条件としており、帰還後の個人の追加被ばく線量を1ミリシーベルトの目標とする旨を強調している。規制委の決定・提言は、冒頭の日経記事のリード文にある「事実上の基準を緩和する」といったものではなく、20ミリシーベルト以下という必須の条件だけでなく、住民の帰還に際して、よりきめ細かな指針を示そうとしたものと理解すべきなのではないか、と思う。

とういのは、実際の運用では、20ミリシーベルト以下になったらただちに住民の避難指示解除ということになっておらず、あくまでこの線量レベルは住民の避難指示解除の「必須の条件」であり、これに加えて、「年間1ミリシーベルト以下になるよう目指す」、「避難指示解除後に「避難指示解除後、住民の被ばく線量を低減し、住民の健康を確保し、放射線に対する不安に可能な限り応える対策をきめ細かに示す」ための条件を整えることが必要とされているのだ。そのため、なかなか、どうぞご帰還くださいということにならない。

そこで、この条件を整えることをより明確にするために、「個人線量」、すなわち個人線量計を個々人に配布し、そこで測定された線量、に着目すべしということになったのであろう。そう私は理解した。

個人線量の役割については?: 規制委員会の資料には、うえの引用に続き、「(2)個人が受ける被ばく線量に着目することについて」という項がある。

ここで、帰還後、個々人の受ける「被ばく線量を低減し、放射線にたいする不安を解消していくため」の方策の柱として、「空間線量」ではなく「個人線量」を用いるべきとされている。

個々人が受ける「追加被曝線量」は、個々人の滞在する位置・地域とそれらの位置・地域における「空間線量」との積の時間積分になる。任意の位置・地域の「空間線量」を、個々人の被ばく線量として取り扱うことはできない。

正確な個々人の「追加被曝線量」を知ろうとすれば、個人線量計を配布し、個々人に装着した線量計(個人線量計)を用いた測定をすることが、当然、必要になる。

今回の規制委員会の提言では、

・・ 帰還の選択をする個々の住民の被ばく線量を低減し、放射線に対する不安を解消していくためには、住民が個人線量を把握し、自らの行動と被ばく線量の関係を理解するとともに、個人線量の結果に基づく被ばく低減対策や健康管理等を行うなど、個人に着目した対策を講じることが重要である。

となっており、この話、一見合理的な提言と感じられる。

しかし、この話、実効性の観点からみて合理的なものであるのか?私の印象からすれば、かなりの無理がある。

規制委員会の提言は実効的?: 提言自体は、私なりに、理解できる。しかし、帰還住民に線量計を配布し、それにもとづき、住民自身が「自らの行動と被ばく線量の関係を理解」するとか、「個人線量の結果に基づく被ばく低減対策や健康管理等を行う」ことが、本当に、可能であろうか?帰還住民の放射線被曝を管理するために個人線量計を配布することが、本当に、問題解決のための切り札になるのだろうか?

結論からいえば、この方策、とても実効的とは思えない。

「個人線量の結果に基づく被ばく低減対策」をするためには、個々人の行動パターンを詳細に把握することが必要になるし、個人線量の積み重ねから汚染源を特定できた場合には、必要に応じて、追加的な除染を行うことが必要になる。

放射線作業を行うための管理区域内という閉じた空間で放射線管理を行う場合には、このような方策がとられる。しかし、広大な汚染地域を対象とする、ほぼオープンな空間のもとで、個々人の個人線量の測定、管理を行うことが本当に可能かどうか、私にはわからない。

今回の原子力規制委員会の提言、こうした運用上の困難をどれだけ理解したうえで行われたものだったのか、かなりの疑問だ。

放射線管理の実務というのは、そんなに簡単なことなのではないように思うのだが・・・。


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