「竜馬がゆく」と「龍馬伝」(その2)

June 2, 2010 – 2:05 pm

 NHK「龍馬伝」(5月30日放映:第22回)に、いよいよ、お龍(りょう)がでてきた。真紀よう子扮するお龍、なかなか良い。それはそれとして、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」と較べると、やはり随分異なる展開になっている。

今回の放映分については、お龍(りょう)との出会いのいきさつ、岡田以蔵の扱いといったあたりが気になった。気になったあたり、メモしておいた。

 

お龍(りょう)との出会い: NHK版「龍馬伝」における龍馬とお龍(りょう)の出会いは、司馬版の「龍馬がゆく」とかなり異なる。

「龍馬伝」では、龍馬がとった宿屋(扇岩)に働くひとりのおんなとして登場する。ヤクザ者に連れ去られた妹たちを助けようとしていたおりょうに対し、その悲惨な現状を聞き、持ち合わせの5両を貸すというのが出会いと設定されている。

 司馬版「竜馬がゆく」では、おりょうとの出会いはもっとドラマティックだ。このあたりは、文春文庫版「竜馬がゆく」第三巻に書かれている。

 例のお田鶴さまに会うため、料亭「明保野亭」に行く途中、偶然、火事に遭遇する。焼ける家のなかに取り残された男の子を竜馬が身を挺して助ける。火のなかに飛び込む際、男の子の姉(おりょう)に脇差を預けるが、子供を救助したのち、その刀を受け取らぬまま、その場を離れ、「明保野亭」に向かう。その後、おりょうは、その刀を返すために、 明保野亭に竜馬を訪ねる。(私の乱暴な要約)

これが、司馬「竜馬がゆく」の竜馬とおりょうの最初の出会いだ。

おりょうは楢崎将作という高名な医者の娘。父、将作は、安政の大獄で捕縛され、牢死した勤王家であり、その死後、遺族は窮迫していた。そのうえに、この火事で屋敷も焼けてしまった。こういうい背景もあり、竜馬がおりょうのことを気づかったのでは、と感じる。

その後、竜馬がおりょうを訪ねてみるが、ふたりの妹がやくざものに売り飛ばされ、それを知ったおりょうが決死の覚悟で取り返しに行ったことを知る。大阪に行ったおりょうは、自らの力で、妹を取り返す。

大阪でのおりょうの行動、「竜馬がゆく」に、竜馬自身が書いたとされる文が紹介されている。これがすごい。以下、引用:

「自分の着物をうり、その銭をもちて大阪にくだり、その悪者二人を相手に死ぬる覚悟にて刃ものをふところにして」
「けんくわを致し」
---女だてらに。
「とうとう、(おりょう)おちのこちの(土佐弁)と云いつのりければ、悪者、腕にはほり物(いれずみ)したるを出しかけ、べらぼう口にておどかしけしに」
ところが
「もとより此方(おりょう)は死の覚悟なれば、飛懸りてその者の胸倉をつかみ、顔したたかなぐりつけ」
・・・
「悪者曰く、女のやつ、殺すぞといひければ、女曰く、殺せ殺せ、殺されるにはるばる大阪に下りて居る。夫は面白い、殺せ殺せと云ひけるに、さすが殺すと云うわけには参らず、とふどふ(とうとう)、その妹を受取り、京の方へ連れかへりたり。珍敷事なり」(第3巻pp.388- 389)

この竜馬の文、おりょうの気性をよく表している。

NHKのお龍は、単に、気の強い女性と描かれているに過ぎないようだが、司馬遼太郎の描くおりょうは、もっともっと迫力がある。

岡田以蔵: 「佐藤健」なる俳優が岡田以蔵を演じている。なかなか良い。この俳優さん、初めて知ったが、以蔵のキャラクタが十分表現されている。最近、人気がでている俳優なのだそうだ。

NHKの「龍馬伝」では、竜馬と岡田以蔵が同郷で幼なじみとしての厚い友情というあたりに力点が置かれている。「龍馬」像として、かっての友情を大切にする人間・龍馬を描こうとするドラマの設定、それはそれで良い。しかし、新撰組が京で活躍し始めた時期の、追われる身となっている以蔵の扱いについては、もう少し違ったものになっていたほうがよいのでは、と感じる。

司馬版の「竜馬がゆく」では、このころの「岡田以蔵」は次のように描かれている:

 この暗殺の名人は、文久二年暮以来、「人切以蔵」の異名をもって洛中の人士をふるえあがらせてきたが、その後、酒色に沈面(ちんめん)した。
・・・・・・・・
竜馬は、
----もう、人殺しはよせ。
 と、以蔵を勝海舟の護衛にしたり、一時神戸の海軍塾に入れたりして、ちがった道を歩かせようとしたが、結局は無駄であった。以蔵はそのころには人切り稼業で性格がすっかり崩れていた。
 どこからか金を都合してきては、酒を飲み女を買い、あげくのはては娼妓の間夫になったり、金に窮すると辻斬りまでするようになった。
 武市が国もとに召還され、京都における土佐藩の勤皇活動が停止してからは、野良犬のようになって町を歩いた。(第3巻P.235)

一言で言うと、明確な「思想や政治理論のない」テロリストの末路というところだ。こうした状態になった以蔵の行方を、竜馬が身を賭して捜したというのは考えにくい。どうだろう。


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