Archive for the ‘科学・技術・原子力問題’ Category
Sunday, October 16th, 2011
福島第一の事故により大量の放射性物質が環境中に放出された。以降、放射線による被曝とその健康影響について議論が盛んになった。なかでも、放射性物質に汚染された空気、水、食品などを摂取することによる被曝、「内部被曝」について多く議論されているようだ。
私自身の放射線との付き合いは、結構、長い。そうした経験に照らしてみると、3.11事故以降目にする「内部被曝」についての議論は、私にとって、疑問に思うことが多々ある。ここらで、私なりに、整理しておく必要を感じている。 (続きを読む)
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Friday, October 14th, 2011
3.11の大震災そして原発事故のあとを受けて、原発の安全性について様々な議論が行われている。私自身、原子力関連の組織で働いていたものとして、原発の今後についてどう考えるべきか思いをめぐらしているところである。
最近、「大津波と原発」を読んだ。ここでは、日本の文化的特質と対比しながら原発の安全性について議論されている。議論の結論は脱原発ということになるのだが、この結論に至る議論が非常に興味深いものと感じた。メモしておいた。 (続きを読む)
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Monday, October 10th, 2011
近所の公営図書館で「大震災と福島第一原発事故」関連図書のコーナーで見つけたのが本書、「原発報道とメディア」だ。ひととおり読んでみた。表題から期待したのは、今回の原発事故に対するメディアの対応について、さまざまな事例を紹介するとともに、その問題点を指摘しているのかもしれない、といったものであった。実際には、むしろ、著者のジャーナリズム観、ありかたを議論したものになっている。
読後感をひとことでまとめると、3月11日を経験し、「事実」を「報道」するジャーナリストとしての立ち位置をどこに求めるのかを率直に模索する姿を、著者の議論のなかに見たように感じた、といったところだろう。 (続きを読む)
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Wednesday, August 17th, 2011
8月16日付け東京新聞(総合版)の文化欄に、平川克美氏による「お金で買った安全神話」なる解説記事がでていた。
この記事において、平川氏は、「本来ステークスホルダー(利害関係者)であってはならない専門家が、(原子力分野においては、)いつの間にかステークホルダーになっている」とし、福島第一事故においてメディアに登場した「専門家の意見が分断されていた理由のひとつがここに起因していた」という議論を展開している。そして、その背景に、安全神話を作るための使われた大量のお金により生じた「利権」がある、という。
この平川氏の議論、かなり乱暴で、一面的ではないかとの印象を持った。多少うがった言い方をすれば、福島第一事故の発生した今、原子炉の安全神話さえ批判しておけば、議論が多少乱暴で、緻密さを欠いていても、すんなり世間に受け入れられる、という印象すら持った。
こうした傾向、福島第一事故後のひとつの世相を反映しているのであろう。その典型として平川氏の議論があるのでは、と考えたのである。メモしておくことにした。 (続きを読む)
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私の住む茨城県東海村で、原子力学会主催「福島第一原子力発電所事故と原子力安全に関するシンポジウム」が開催された。原子力の専門家のあいだで、今回の原発事故がどのように議論されているかを知りたくて、参加してきた。
ひとことで感想を述べさせていただくと、原子力の未来をどうするか深刻に考えねばならない大事故を経験したにしては、なんともノンキで脳天気な議論が行われていることに驚きすら感じた。 (続きを読む)
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