東日本大地震・個人的体験(原発事故発生を知った直後)

April 4, 2011 – 4:27 pm

今回の大地震、その規模のすごさに加えて、福島原子力発電所に事故が発生したことが、今までにない災害となったといえる。地震、津波という自然災害だけでなく、人工物による苦難が、災害の質を大きく変えている。原子力関連の組織で働いていたものとしては、まさに驚愕の事態だ。

地震発生から3週間も経過した今日、未だ、問題解決の見通しもはっきりしない状態が続いている。

この原子力事故について、詳しい情報も持たない状態で憶測だけでブログ記事を書くことは、正しくないことと思う。しかし、この原発事故の発生を知った際の「個人的に考えた」ことを書き留めておくことは、記録として、それなりの意味を持つと考えた。

事故の発生を知ったとき: 私の居住する地域にも原子力発電所(福島原子力発電所と同型の沸騰水型原子炉)がある。この原子力発電所から自宅までの距離は、直線距離にして約2.5キロ程度だ。福島原子力発電所と同じような事故が発生すれば、当然のことながら非難命令の対象地域になる。

地震発生からほぼ2時間後くらいに、私の妻の携帯に彼女の友人から、「原子力発電所は大丈夫なのか?」と地震被害を心配して電話がかかってきた。私の即座の回答、「問題ないよ」であった。地震などの自然災害に対して、どういった施設より原子力施設が「安全」に作られているという「確信」があったからだ。今になって思えば、原子力の「安全神話」を信じていたと言われれば、不本意ではあるが、そうだったかもしれない。

最初に、私が福島原子力発電所の事故の発生を知ったのは、地震発生の夜、携帯ラジオで聞いたNHKニュースだ。「福島原子力発電所では、ディーゼル発電機、非常用電源ともに動作していない」(暗闇のなかで聞いたニュース、正確なニュース内容は分からない)というものだった。耳を疑った。この大震災のもとでは外部電源の確保は期待できないに違いない、とも思った。大事故に発展すると思った。

その後のニュースに注意していたが、少なくとも私には、福島原発の事象推移についての報道はなかったように思う。このままでは燃料が溶融してしまう。

電源が全て失われた状態で原子炉の安全装置が働くはずはない。ましてや福島第一の原子炉は古い原子炉だ。どう頑張っても、大事故に発展するに違いないと考えていた。残念ながら、3週間たった今日、私の心配したような大事故に発展している。

原子力事故について考えたこと: 5年前まで30年間にわたって原子力関連の仕事をしていた。この間、TMI事故、チェルノヴイル事故、JCO事故と3つの事故を経験した。

チェルノビル事故の発生した際には、フランスに住んでいた。この事故の第一報は、BBCの国際放送BBC World Serviceで知った。スウェーデンだったと思うが、放射能を検出したという話だったと記憶している。そして「Several people are injured」と報じられるのを聞いて大変な事態が起きたと考えた。ヨーロッパの人々の反応がすごかった。

JCO臨界事故の際は、自宅が事故現場から3キロくらいのところにあり「屋内退避」の対象地域になった。この事故の第一報は、やはりNHKの放送だったと記憶している。職場では、臨界事故の発生について、公式には知らされていなかった。事故の発生した周辺地域にいるものに、直接、事態が伝えられなかったのはなんでだろう、と不思議に思ったことがある。

そして、今回の福島第一原子力発電所の事故である。電源喪失した原子炉(それも旧式の原子炉)が大変な事態になるのは、少し原子炉について知っていれば予測できる。大事故に発展させないために、どのような可能性があるか、思いを巡らしてみたが、どう考えても解がない。地震、津波に被災した状況にあったとしても、なんらかのかたちで周辺住民を退避させるなどの手をうたねばならない、どうなっているのだろう、と不安に思った。

電源が確保できない原子炉: 私は、福島第一原子力発電所の地震発生時、それに続く数時間の状況についての十分な情報を持ち合わせていなかった。ただ、私の持っている情報は、NHKニュースで「電源が確保できない」という情報だけだ。

非常用電源(バッテリー)も含めて電源がないということになると、原子炉の状態を知るための計装設備も使えないということになる。東京電力では、こうした事態(計装設備がダウンした)事象の発生に対処するための事故対応訓練を行っているとの話を聞いたことはある。そんなことが可能なのか、と不思議に感じたことを記憶している。

原子炉の運転は、一言で言ってしまうと(多少乱暴ではあるが)、ポンプとバルブを操作することにつきる。ポンプ、バルブの動作の大部分は電動だ。一部のバルブについては手動で動作させるが、特別なものだ。電源を欠いた状態では、原子炉炉心の適正な冷却は期待できないはずだ。冷却は自然循環に頼らざるを得ないが十分でないと考えた。(福島第一の原子炉について、実際にどうなのかは詳しくは知らない)。

私は沸騰水型原子炉については余り詳しくない。加圧水型原子炉については、数年にわたって、原子炉の運転用インタフェース設計研究を行うために、シミュレータ上でさまざまな運転操作を経験したことがある。そのつたない経験から言って、「電源が確保できない原子炉」を安全な状態に保つことはできない、と考えた。

私の考えたように事態が推移しなければと思ったが、この時点で、周辺住民の避難は考えるべきなのではないのか、と考えた。もし、私の居住する地域の原子力発電所で、同種の事態になったとしたら、なにはさておいても避難するだろう、と考えた。

一日がたって、事態は私が心配した方向に進んでいるように思えた。私の想像では、燃料が溶融してしまっており、かなりの量の放射性物質が大気中に飛散する状態に進展する。

この事故の深刻さは、チェルノビル事故にまでは至らないが、TMI事故を超えるものであると考えた。しかし、その時点でのニュースでは、TMI事故を下回る事象であると評価されているらしい。一体、そうした評価はどのように、そして誰が行っているのだろう? 私には理解することができない。

その後、我が国の事故評価スケールではTMI事故と同一とされたらしい。そんなレベルの事故ではないのではないのか、というのが私の正直な感想だ。

まとめ: 私が、今回の福島第一原子力発電所の事故について、地震直後に感じたことを思い起こしながら書いた。3週間たった時点の今日、私が想像した最も悪い方向で事態が推移している。

残念なことだ。


  1. 3 Responses to “東日本大地震・個人的体験(原発事故発生を知った直後)”

  2. 福島第一原発について東電の社長が「想定外」だと言ったことについて、いろんな人が問題として採りあげて批判しているが、私はその批判に納得できない。
    福島第一原発を設計・制作したGE、Ebasco、東芝、日立、鹿島らは、津波の高さに関する想定値が東電によって示されないかぎり、契約に達したはずがないと思われるからです。もし、その想定値が存在し、実際に東日本大地震における津波の高さが当該発電所において想定値よりはるかに高かったとすれば、その経験を「想定外」とするのはとうぜんである。(当該想定値は5.8 m、実測値は15 m以上と報道されている。)
    自然科学は、一応の理論があっても、それと矛盾する新たなデータが発見された場合、理論を修正したり、新理論を生むのが通例である。政府の対応が「後追い」になっているとして政府を非難するのは、この原理を知らない者である。

    By 望月 稔 on Apr 17, 2011

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  2. Sep 12, 2012: 福島第一事故は「手順書」に誤りがあったから?! | Yama's Memorandum
  3. May 21, 2013: 伊藤守著「テレビは原発事故をどう伝えたのか」を読んでみた | Yama's Memorandum

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