「福島原発で何が起こったか ―政府事故調技術解説―」を読んでみた
May 8, 2013 – 1:27 am福島第一原発の事故から2年が経過し、これまでに、複数の事故調査報告書が公表されている。こうした調査報告書を全て読むのは、いずれの報告書も長文で、なかなか骨が折れる作業だ。7年前に退職するまで、約30年間にわたって原子力に関係する職場でお世話になったものとして、この事故の実相を理解しておかねばと思い、これら事故調査報告書を少しずつではあるが読み進めているところだ。
そういうなかで、目にしたのが、本書「福島原発で何が起こったか―政府事故調技術解説―」だ。
本書は、私にとって、事故の推移を理解するうえで非常にわかりやすいものであると同時に、事故調報告書を読み進めるうえで助けになるものと感じた。
おすすめの書だ。
政府事故調と本書: 本書は政府事故調査委委員会のメンバー2名(淵上正朗、畑村洋太郎)に加え、原子力の専門家として笠原直人・東大教授を加えた3名を著者としている。本書の構成について、「はじめに」に以下のように紹介されている:
本書は、「報告書」の中の、事故の技術的側面を取り上げており、・・・。
第1章(「概要と予備知識」)および、2章(「事故の経過(政府事故調報告のわかりやすい説明)」の内容については「報告書」に正確に基づいており、言葉遣いや表現に多少の違いがあっても、「報告書」の内容と一致している。しかし、第3、4章(それぞれ「事故は何故ふせげなかったか」、「失敗学からの考察」)では、報告書と矛盾はないものの、そこには書かれていない内容や、やや踏み込んだ筆者らの意見・考察も含まれている。また、第5章では、この事故をさらに深く理解する上で、必要な「勘どころ」的な知識が書かれている。・・・。(p.2)
全電源喪失と過酷事故のはじまり: 高いところで17メートルにも及ぶ津波の来襲により、福島第一原発では、全電源が喪失し、過酷事故となった。本書では、過酷事故の始まりについて、次のように記述されている:
まず、海岸に近い海抜4mの敷地に設置されていた非常用冷却系、および非常用ディーゼル発電機用の「海水系ポンプ」すべてが被水し・・・機能を失った。
原子炉建屋やタービン建屋の施設は最大7mの浸水を被った。そして、扉や空気取り入れ口などから建屋内にも浸水し、タービン建屋地下1階に設置されていた配電盤など多くの設備が被水した。その結果、ほとんどすべての電源を喪失し、この後の過酷事故の始まりとなった。(p.40)
全電源喪失という事態のなかで、最も重要なこととして配電盤の浸水による故障を挙げ、これが事態を悪化させるうえで非常に重要な役割を果たしたことが強調される。
致命的な問題は、D/G本体の機能喪失にではなく、配電盤のほぼすべてが浸水し故障したことにあった。・・・・
しばしば、「地震で常用の外部電源を失い、さらに津波で非常用発電機が水没し、その結果全交流電源を喪失した」と言われているが、それは間違いである。1~4号機の配電版については、M/Cのすべてと、多くのP/Cが水没して機能を失っていた。そのため仮に、外部電源が無事に発電所の開閉所(入口)まで送電できていたとしても、全交流電源喪失という状況は、事故当初にはあまり変わりはなかったと考えられる。・・・(p.42-43)
1号機IC(非常用復水器)の停止について: 福島第一原発の第1号機においては、IC(Isolation Condenser:非常用復水器)と呼ばれる非常用の冷却装置がある。地震が発生し、原子炉スクラム後、このICにより炉心が冷却されていたが、津波の来襲により、全電源喪失後この冷却装置が停止してしまう。このICの停止という事態は運転員に正しく把握されておらず、1号機の炉心損傷時期を早める要因になった。
このあたりについて、本書では次のように解説されている:
1号機では直流を含む全電源が喪失した。・・・
ICは、それまで運転員がオンオフを繰り返しながら順調に機能していたが、全電源喪失と同時にフェールセーフ機能のため、4つあるバルブすべてに「閉」信号が発せられた。そのため、ICは冷やされるべき原子炉の高温蒸気が復水器に循環しなくなり、冷却機能はほぼ失われてしまった。1号機では、「フェール=異常事態」では、放射能の漏洩を抑えるために圧力容器を「閉じ込める」ことが「セーフ=安全サイド」である、という設計思想だった。しかしこの考えは冷却回路が遮断されICが機能しなくなり、逆に危険側になるという矛盾をはらんでいた。
この頃、吉田所長は、・・・フェールセーフ機能でICが停止する、ということには思いが至らなかった。・・・運転員だけでなく、発電所対策本部、本店対策本部、原子力安全・保安院および原子力安全委員会などすべての関係者の誰もが、そのことに気付かなかったことは問題である。・・・・
・・・その結果、消防車による注水が始まる翌朝4時頃までまったく注水が行われていない、という異常事態に陥ってしまった。また、1号機ではスクラム後わずか1時間という、崩壊熱がまだ高い時期から注水が止まったことから、炉心溶融は急速に進むことになる。(pp.53-54)
フェールセーフに基づく自動ロジックの進展が時として原子炉を運転する側にとってある種の「混乱」を惹き起こすことになる典型的な例だ。ましてや、計装系がダウンした状態では原子炉の状況を把握するのが非常に困難だ。
炉心損傷回避の可能性はあったか?: 本書では、事故の進展を記述するのに加え、福島原発のような炉心溶融に至る大事故を避けることができたかどうかについて、設備的な側面から、そして運転操作の側面から検討を加えている。
設備的な側面からは、海外でとられている安全対策事例を紹介するとともに、過酷事故を防ぐことができた現実的な対策について検討を加えている。これには、以下の項目がふくまれている:
- 配電盤設置場所の多様性の確保
- 直流電源喪失への準備
- 建物の水密化
- 水位計の改善
- 移動式コンプレッサーの備蓄
運転操作の側面からの検討では、炉心損傷回避の可能なシナリオのひとつとして「SR弁の早期開放シナリオ」を示唆する。これは以下のようなものだ:
全電源喪失という非常事態が発生したのち、冷却水がTAF以上を維持している間に、
①SR弁を開放し、圧力容器の圧力を下げて低圧注水を可能とし、
②格納容器圧力の上昇を抑えるため、適宜S/Cベントを行い、
③消防車による低圧注水を継続的に行えば、
今回のシビアアクシデントは避けられた。(p.136 表3-3)
本書では、このシナリオの可能性、そしてこのシナリオのもとで炉心損傷を避けるとが、どの程度可能であったか検討を加えている。
ここで示唆されているシナリオ、確かに、興味深い。しかし、全電源喪失という事態に直面した際、即座に、SR弁を開放するといった対応策をとることは、実際には、かなり困難なことではないか、と思われる。しかし、こうしたシナリオの検討を通じて、事故の様相の理解は深められるのでは、との印象をうけた。