武谷三男編 「原子力発電」を読んでみた

November 24, 2011 – 4:57 pm

 放射線への被曝を安全か危険かを判断するうえで、法的な基準値あるいは「許容線量」が重要な役割をおっている。この基準値、「許容線量」がどのように考えられ、設定されたかということについては、なかなか難しい問題が含まれている。特に、健康影響がすぐには現われない低線量域の被曝についてどのように考えるべきかは簡単ではない。

 最近、近所の公立図書館で武谷三男編の「原子力発電」を見つけ、借りてきた。このなかに、許容線量の歴史的な変化についての資料があった。なるほどと思わせるものだった。メモしておいた。

本書「原子力発電」の出版されたのは1976年だ。本書に記載されている資料、かなり旧いものであるが、放射線被曝、とりわけ許容線量について考えるうえで参考になる。武谷三男が許容線量を「がまん」線量と考えるべきとし、その考えが現在の許容線量設定の枠組みをかたちづくるうえで重要な役割を果たしたことは有名であるが、放射線の専門家でも、この話を知らないひとが多くなっている。我が国のこの分野の先進性について想いをあらたにすべきものと考える。

そのあたりの考え方が、本書に、コンパクトにまとめられている。
その意味で、一読の価値があるものと思う。

本書が出版された以降40年の間に、放射線影響に係わるデータが蓄積されるとか、放射線防護に関する理論的な検討も進み、その枠組みも精緻化されたのは確かであるが、いまだに、武谷三男の主張の重要性は変わらない。

放射線の許容線量の歴史的推移: 本書の第Ⅲ章の冒頭に、1920年から本書が出版された1970年頃までの放射線許容量の推移を示す図が掲載されている。この図を転載しておいた。

 許容線量は、この図に見られるように、時代とともに低くなっている。1975年時点で、過去40年の間に1万分の1になっている。この変化、「広島・長崎の原爆の苦い経験と多数の動物実験などから、放射線障害の危険さがだんだん明らかになってきた」(p.61)ことを反映している。

 因みに、放射線の単位として、当時、レムが使われており、上記した図ではこの単位が使われている。現在使われている単位シーベルトとレムとの関係は

   1 Sv(シーベルト) =  100 rem(レム)

である。 

この許容量の変遷について、本書「原子力発電」で記述されている部分を以下抜粋、引用しておく:

 X線による医療・診断が普及しはじめた一九三〇年ごろ、X線の許容線量の国際勧告が専門家機関によってはじめて出されたが、その時の値は一日に〇・二レントゲンであった。

 現在の日本の法律は一九五八年の国際放射線防護委員会(ICRP)による国際勧告をもとに決められたものだが、職業人に対しては一年に五レム、一般の人にはその十分の一の五〇〇ミリレムを最大許容線量としている。職業人とは放射線をあつかう職場に働く人で、個人のうける放射線量の測定と定期的な健康管理とが義務付けられている。

最近では許容線量をさらに切り下げるべきだという議論が国際的におこっており、アメリカでは原子力発電所の環境基準として敷地周辺において一年に五ミリレム以下、人口大集団での平均では一ミリレム以下にすることを一九七一年に決めている。日本の原子力委員会でもそれにならって、発電所周辺の線量制限の目標値を一年に五ミリレムとすることを、一九七五年に決定した。(pp.61-62)

 本書が出版されてから、現在までに40年が経過した。放射線被曝線量の法的制限値は、上述の制限値、目標値より、さらに低く設定されてきている。

福島第一原発の事故により、東日本中が「放射能まみれ」になってしまった。今こそ、許容線量の歴史的な低減化の背後になにがあったのか、あらためて考えなくてはならないのではないだろうか。

 放射線障害の程度についての科学的な証拠が不明な場合についてつぎのような視点が重要だ。

 障害の程度を正確に科学的に推定することが不可能な場合、こと安全問題に関しては課題な評価であっても許せるが、過小な評価であることはあってはならない。この原則的な立場に立ては、「しきい値」の存在が科学的に証明されない限り、比例説を基礎において安全問題を考えなければならない。ちょうど具合のよい所に「しきい値」があって、それ以下は無害と都合よくいっている根拠は何もないからである。
 そうすると、有害、無害の境界線としての許容量の意味はなくなり、放射線はできるだけうけないようにするのが原則となる。そして、やむをえない理由がある時だけ、放射線の照射をがまんするということになる。どの程度の放射線量の被曝を許すかは、その放射線をうけることが当人にどれくらい必要不可欠かできめる他にない。こうして、許容量とは安全を保障する自然科学的な概念ではなく、有意義さと有害さを比較して決まる社会科学的な概念であって、むしろ「がまん量」とでも呼ぶべきものである。
 武谷の考えは、いろいろの機会に日本の科学者によって主張された。やがて、アメリカの遺伝学者たちの中にも、集団に対して放射線被曝のリスク(危険性)とそのもたらすベネフィット(有益さ)をバランスさせて許容量を決めようという考えが次第にでてきて、今日では放射線の許容量については武谷の考え方が世界的に認められ、ICRPの国際勧告もそのように変わってきた。(p.71)

 最近、よく耳にする「100mSv以下では障害発生の証拠はない」と主張し、それに沿って放出放射能の影響を低く見積もろうとする動きは、数十年にわたってわれわれの貴重な経験をないがしろにするものだ。

もう一度、放射線防護の原点に戻って考えるべきと考える。