土井里紗著 「放射能に負けない体の作り方」を読んでみた

January 7, 2012 – 5:30 pm

福島第一事故のあと、放射線被曝による健康影響についての一般向けに書かれた書籍が数多く出版されている。そうした書籍のなかに、現在の放射線被曝に関わる法的基準の基礎となっているICRP(国際放射線防護委員会)の勧告を問題視するものも多い。こうした書籍が、子供の健康を心配する母親などを中心に読まれ、かなりの影響力を持っているようである。

こうした書籍のひとつで近所の公立図書館で見つけた土井里紗著「放射能に負けない体の作り方」を読んでみた。

本書の感想をひとことで述べると、この本、今回の原発事故に便乗した単なる「健康食品」本といったところだ。こうした本の出版に、原発事故と放射能の環境汚染による不安な心理に付け込んだ不真面目な商業主義的な意図(少なくとも出版社にそうした意図はあっただろう)を感じてしまう。

本書の構成・概要: 第1章「なぜ、放射線が体を蝕むのか」で、放射線の被曝について解説し、これに続く2章以降は「健康食品」の話にさかれている。放射線被曝について解説する部分にはICRPの成り立ち、そしてその原子力産業とのつながりが紹介され、ICRPなる組織、そしてその放射線防護の考えかたがひとを守るものになっていない、との著者の主張が述べられている。以下、抜粋。

・・・ICRPの前身となったのは、第二次世界大戦下のアメリカの、原爆の製造・開発計画である「マンハッタン計画」に関わっていた物理学者たちが作った組織です。
戦後も核兵器や核爆弾が製造され続け、同時に原子爆弾の技術をエネルギーとして利用すべく原子力発電が開発されましたが、その原子力産業をサポートする形で存在していたのがICRPなのです。ICRPの勧告では、同組織の目的として「被曝を伴う活動を過度に制限することなく人と環境を過度に制御することなく人と環境を適切なレベルで防護すること」と掲げています。
要するに、原子力産業や核兵器・核実験などで得られるメリットがあるならば、基準として決めた限りの被曝は目をつぶりなさいということです。
ICRPの掲げる「放射線防護」は、人を放射線から守るのではなく、放射線=原子力産業自体を守るということなのです。(pp.31-32)

なんとも乱暴なICRPの解説・紹介である。私にとって、ICRPの沿革がこのようなものであると聞かされたのは初めてだ。なんら資料も示さないで、ICRPの歴史、目的を議論していることには驚く。おそらく本書の著者、土井里紗は、ICRPのテキストを読んだことはないのではないか、と疑ってしまう。

ECRRモデル: 次に、ICRPの採用しているリスクモデル、とりわけ内部被曝について、本書は、以下のように記述している。

 ICRPの内部被曝の考え方では、分子細胞レベルの放射線の影響を正しくとらえることができません。
そもそも、発がんとは、細胞の中の遺伝子レベルに起きる損傷が原因になります。発がんのリスクを考えるときには、細胞単位で考えるのが建設的です。
ICRPのリスクモデルでは、放射線の影響を臓器全体に平均化して考えてしまいます。・・・
より細胞レベルの被曝を重要視するECRR(欧州放射線リスク委員会)のリスクモデルでは、2~3桁多い被曝線量になります。内部被曝を心配しなくてはならない私たちにとっては、ICRPの基準は、残念ながら意味がないと言わざるを得ません。
ICRPの基準は、基本的には、放射線環境で作業する際の外部被曝については適応されてしかるべきですが、内部被曝を著しく過小評価しているとされ、今回のような食品汚染が進む原発事故後には不向きとされています。(pp.33-34)

ここに見られるように、本書では、ECRRのリスクモデルに与してICRPのモデルを非難している。以前、このブログで紹介した松井英介著「見えない恐怖 放射線内部被曝」と同様な立場のようである。ここでは、ECRRのリスクモデルについて議論することはしないが、ひとこと、なんとも雑な議論であるというのが私の印象だ。

私のECRRに対する印象は、京大原子炉実験所の今中哲二の講演資料、「低線量被曝リスク評価に関する話題紹介と問題整理」のまとめの記述と同じだ。

  • ECRRのリスク評価は、「ミソもクソも一緒」になっていて付き合いきれない。
  • ECRRに安易に乗っかると、なんでもかんでも「よく分からない内部被曝が原因」となってしまう。

この記述、私がECRRの「2010年勧告」なるもののリスクモデルについて読み理解した範囲で、ECRRの実態を最も正確に表現しているのでは、と考えている。

ICRPが無視した放射線障害の例?: リスクモデルに加えて、本書では、具体的な放射線障害の例をあげてICRPを非難している。以下、抜粋:

ICRPの基準以下だからと、公的に無視された、内部被曝に関連する放射線障害の例はたくさんあります。
例えば、1957年に起きた、イギリスのセラフィールド放射性廃棄物再処理工場の事故によって、持続的な内部被曝が原因と考えられる多数の小児白血病が報告されていますが、ICRPの基準に照らすと、「因果関係は認められない」とされました。
また、湾岸戦争で劣化ウラン弾が使用されて、兵士だけでなくそこに暮らす住人たちにもがんや白血病、流産が増えましたが、こちらも、「低線量の放射線被曝であり因果関係は確認できない」と無視されています。(p.35)

これらの放射線障害は、ICRPを非難する際によく引き合いにだされる例である。これらの放射線障害の例については、賛否の分かれるものであり、論争が続けられていることを私も承知している。しかし、本書には、具体的なデータ、参考とすべき文献・資料も示さず、「多数の放射線障害」がICRPによる無視されている、とするのはいかがなものか。考えてしまう。

本書を読み終えた私の判定、トンデモ本として分類すべきものと考えた。残念!
それにしても、こんな雑な議論で、脱原発を議論されてはたまんない。

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