牧野淳一郎著 「原発事故と科学的方法」を読んでみた

June 4, 2014 – 5:56 pm

近所の公立図書館で本書を見つけた。「科学的方法」がタイトルに掲げられているのに惹かれ、読んで見ることにした。
本書から、原子力の専門家ではないものの、理論天文学の一線で活躍する科学者・研究者である著者が福島第一事故のさなか、どのようにふるまい、どのように考えたのかを知ることができた。非常に興味深かかった。
本書は、我々に、これまで経験したこともない原発事故のさなか、限られた情報から、正しく事態を把握し、自ら意思決定するには、何が必要だったのか?そうした事態において、「科学的な方法」の役割とはなにかを考えさせてくれる。

著者、牧野純一郎とは?:  著者自身が自らを次のように紹介している:

私は天体物理学が専門の研究者で、特に大規模な数値シミュレーションを主要な研究ツールとしています。原子力発電に関する知識は30年前に高校から大学にかけて、スリーマイルの事故もあって関心をもち少し勉強した程度で、専門的な知識があるわけではありません。(「まえがき」より)

原子力発電については、高校から大学にかけ、武谷三男編の「原子力発電」を読むなど、問題意識を持っていたようだ。福島第一事故の規模について、この「原子力発電」で解説されているウィンズケールの事故状況と対照させながら見積もる場面がでてくる。

原子力発電の専門的な知識を持たないとはいうものの、著者自身の背景には、原子力(の危険性)についての問題意識があった。

事故をどのように捉えたのか? : 事故発生直後、政府の公式発表、そして「それなりに知識も理解力もあるはずの物理学者」でさえ、「『メルトダウンはありえない』『そんなことを考えるひとがいるのは残念だ」』とネット上で発言するなど、放射能の大量放出を認めず、事態を過小評価する傾向があったことを指摘する。

こうした状況のなか、著者は、限られた客観的な情報(報道される空間線量値など)をもとに、放射能の汚染状況、そして原子炉からの放射能の放出規模を、自ら、概算することを試みる。この概算の過程、実に、興味深い。科学者のあるべき姿を垣間見るような気がした。

福島原発の事故の規模を推定するために、報道されるモニタリングポストなどで測定される「空間線量値」から放射能汚染の大きさを求めようする。そのため、まず、「空間線量率(マイクロシーベルト/時)」と放射性物質の量(周辺の単位面積あたりの放射能の分布)との関係を概算するところから始める。

この「空間線量率」と照射性物質の関係を概算する過程は以下のようなものだ。抜粋、転載する:

概算の原理は、
(1)1m2あたり1ベクレルの放射性物質(3月14日なのでヨウ素131)がだす単位時間あたりのエネルギーを求める。
(2)人体の断面積と体重を適当に仮定して、それが水平向きになっていて面積あたりのガンマ線を全部吸収するとして、単位時間あたりの吸収エネルギーを求めて、体重で割る。
・・・
ヨウ素131のガンマ線のエネルギーは364keV(キロ電子ボルト)で、これは「ジュール(J)」という単位に直すと、1J = 0.6×10^19eVなので0.6×10^-13Jです。なので、1Bq/m^2のとき、人体の断面積が0.5m^2、体重60kgとすると、これは0.6×10^-13×0.5/60=5×10^16シーベルト/秒で(Sv=J/kg, Bq=1/sより)3600倍して時間あたりにすると1.8×10^-12シーベルト/時となる。(pp.20-12)

ここで求められた概算値 1.8×10^-12(シーベルト/時)/(ベクレル/m^2) は、多少の誤差はあるものの、IAEA-TECDOC-1162に示されている値1.3×10^-12とほぼ同じで周辺の放射能汚染の状況を把握するうえで十分なものだ。

非常に簡単な原理をもとに算出した値としては、かなりいい線をいっている。著者の科学者としてのセンスの良さを感じさせる(僭越な表現で申し訳ない)。

この換算値と報道される「空間線量」の値をもとに、汚染状況そして事態を以下のように把握する:

3月15日時点で関東に落ちた量を見積もっています。これも大雑把な計算ですが、大体1万テラベクレルとなってウィンズケール事故より桁で大きな量です。チェルノブイリの2桁下まできてしまっている。多分法放出量では1桁下まで、ということがわかりました。
 また、16日には福島市で空間線量が20マイクロシーベルト/時と恐ろしく高くなっていること、また文部科学省のチームが測定にいった浪江町津島では330マイクロシーベルト/時と、3月14日時点での発電所のモニタリングポスト並みにあがっているということもデータとしては発表されていました。これらの数字とウィンズケール事故での降下量マップを比べることで、桁程度では放出量を見積もることができます。これは難しいことではなくて、原発から大体同じ距離のところの汚染の平均的な値をみるだけです。
 この結果もやはりウィンズケール事故の100倍程度となりました。つまり、政府が3月18日になってやっとINESレベル5にあがてのはまったく間違っていて、3月16日の時点でレベル7であり、そのことはデータから明らかだったわけです。(p.24)

事態を過小評価に導くような政府の公式発表に対し、著者は自ら、限られた情報から事態を推定し、それに基づき意思決定を行っていることがよく分かる。

著者は、ここでとった概算を求める手続きについて、以下のように述べる:

ここで強調しておきたいことは、私が3月11~15日にやったような見積もりをするのに、原子力工学とか放射線医学とか保険物理の専門家である必要はまったくなく、使っている知識は高校で習う程度の物理と当時もネット上で簡単に見つけることができたいろいろなデータだ、ということです。(pp.24-25)

「専門家の知識」は必要なかったとはいうものの、著者が高校生、大学生のときに学習した武谷三男編著の「原子力発電」から知った原子力の知識そして原子炉事故が発生すると何が起きるかについて十分理解していたこと、それに加え、研究者、科学者として培った「科学する心」なくしては、こうした推定、見積もりはできない。簡単に誰にでもできるということではない。

事故による健康影響: 本書の第5章「福島原発事故の健康影響をどう考え、それにどう対応するか」で事故による健康影響について議論している。今後、この事故により、どのように健康影響、とりわけ放射性ヨウ素による甲状腺被曝の影響はどうなるかについて、チェルノブイリ事故における甲状腺がんの発生状況との対照で議論をしている。

チェルノブイリ事故の甲状腺がんの発生状況については、2006年のE.Cardis 等の論文が紹介、議論される。この論文で示されたデータは、チェルノブイリの健康影響を議論する際に、これまでも目にしたことがある。よく引用される論文だ。貴重なデータということで、この際、著者の解説とともに関連部分を、以下メモしておいた:

 「チェルノブイリ 甲状腺がん」で検索すると、たくさんの情報がでてきます。まず、1例として日本原子力学会誌49巻第1号(2007年)に掲載された金子正人による解説をみてみましょう。これはIAEAが2005年9月に開催した国際会議での報告がベースになっています。ここでの甲状腺の記述は、

(引用部 省略)

甲状腺がんの増加は検査して、無害なものまで報告したからだ、と示唆するような記述があります。
ベラルーシ甲状腺がん発生率
 しかし、元データがある論文 Cancer consequences of the Chernobyl accident: 20 years on, E.Carids et al. 2006, Journal or Radiological Protection, 26, 127-140の図(図1)をみると、そんな話ではないことはすぐにわかります。というのは、0~14歳の小児の甲状腺がんは、1995年に生まれていた、あるいは胎児であった人はすべて14歳以上になっているので、2002年に0~14歳の子どもは甲状腺に内部被曝している可能性はないわけですが、実測データも1995年からどんどん減少して2002年には0になっています。一方、15~18歳になると2001年になってやっとピークになります。これは、1986年に5~8歳だった人の3倍程度であるということです。さらに19~34歳となると2002年まで甲状腺がんがどんどん上昇しています。

 仮に甲状腺がんの増加が検査が詳しくなったせいだとするなら、実際のデータにあるような、1986年以降に生まれた子供ではあまり増加していない、という事実は説明できません。もちろん、これらの子どもでは増加しているはずがないという考えからそもそも検査していない、といった可能性もありますが、これはそうであるという証拠がない限り受け入ればたいように思います。また、甲状腺がんの半分程度が、ベラルーシ全体の人口の1/6程度のゴメリ地区で発生しており、これも検査が詳しくなったせい、ということではとても説明できません。(pp.78-81)

という具合にチェルノブイリ事故における甲状腺がん発生について議論が展開される。

ここで議論されていることについて、私自身の感想を述べるなら、原子力学会誌の金子正人の主張より、本書の著者、牧野淳一郎の主張に与したい、ということだ。著者、牧野淳一郎の議論が、ずっと素直で自然だ。このあたりの議論を見ると、同じデータをみながら、全く異なった見解が表明されることがあるという事実だ(因みに、金子正人は元日本保険物理学会会長)。

今後、福島原発事故による健康影響を考える際には、たとえ専門家の主張であっても十分注意深く推移を見守る必要を感じさせる。

まとめ: だらだらと書き連ねてしまった。本書を読み終えて思うことは、常に、自ら「科学する心」を持ち、自らの頭で、事態を把握することが重要ということだ。

月並みな感想になってしまったが、良書に巡り合ったと一言述べたい。


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