アインシュタインの「物理学はいかに創られたか」を読んでみた
Thursday, December 10th, 2009ほぼ1ヶ月前、「ノーベル賞物理学者・小林誠先生の講演に行ってきた」を書いた。この講演のなかで、小林先生が高校時代に読んだアインシュタインの著書「物理学がいかに創られたか」が物理学を志す契機となった、との話があった。この本、私も学生時代に読んだ記憶がある。40年ぶりに、読み直してみた。
ほぼ1ヶ月前、「ノーベル賞物理学者・小林誠先生の講演に行ってきた」を書いた。この講演のなかで、小林先生が高校時代に読んだアインシュタインの著書「物理学がいかに創られたか」が物理学を志す契機となった、との話があった。この本、私も学生時代に読んだ記憶がある。40年ぶりに、読み直してみた。
前回エントリーを書いたのが11月14日、10日ぶりだ。この間、バタバタしていたが、この「免疫の意味論」を読むのに多くの時間を費やしていた。私にとって、難解な書ではあったが、苦労して読みすすめて得るところが多かったと思っている。私の力量では、この本の内容を紹介するというのは無理、というのが実感。読み終えたという記録だけでも残しておくことにした。
「科学的」に考えなくてはいけないとか、「科学的」に証明された事実であるとか、「科学的」という言葉がよく使われる。しかし、この「科学的」ということが一体何を指しているのか、よくよく考えてみると、(少なくとも私には)はっきりしない。そういうこともあって、いろいろな科学論にかかわる本を読んでいるわけだ。最近、武谷三男の「科学入門 -科学的なものの考え方-」読んだ。なるほどと思ったことも多々あった。メモしておいた。
鳥飼玖美子さんの「歴史をかえた誤訳」のなかで、英米語圏と日本を含む東洋語圏の思考方法の相違について説明されていた。英米語圏では「直線型思考」をとるのに対し、日本語を含む東洋語圏では「渦巻き型」の思考方法をとるという。インターネット時代では、自分がもっとも主張したいことを最初にもってくる「直線的思考」が有利だという。文章を書くうえで大切なことが述べられているように感じた。メモしておいた。 (続きを読む)
英語にしろ、フランス語にしろ、外国語を学ぶというのは容易なことではない。ひとつき前、鳩山首相が国連そしてIOC総会で英語で演説をし、「なるほど国外生活のある優れた政治家だ」、とマスコミに賞賛された。国際化時代の今、外国語に堪能でありたいと思うのは、みんなの願いだ。外国語が堪能な人の頂点にいるのはプロの通訳、この人たちは外国語というものをどのように捉えているのか。今は亡き露語通訳の米原真里さんの「不実な美女か貞淑な醜女か」を読んでみることにした。これが実に面白い。
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