ノーベル賞物理学者・小林誠先生の講演に行ってきた

November 12, 2009 – 4:35 pm

高エネルギー加速器研究機構の小林誠先生の講演を聞いてきた。講演のタイトルは「物理学に親しもう」。小林先生、昨年のノーベル物理学賞を受賞した物理学者だ。「生で」ノーベル賞受賞者の話が聞ける機会はそう多くはない。拝聴させていただいた。講演を聴くなかで気づいたこと、考えたことをメモしておいた。

小林誠先生思い出の品: 講演のはじめのほうで、アインシュタインの「物理学はいかに創られたか」(岩波新書)の上・下巻2冊を写した写真がスクリーン上に示された。小林先生、高校生のときに読んだこの本に感銘を受けたのが、物理学の道に進むきっかけになったという。

この「ゆかりの品」である上・下2冊の本は、ノーベル協会の求めに応じ、ストックホルムのNobelMuseumに寄贈されたという。NobelMuseumuのサイトを覗いてみると、この本の展示について記した記事があった。小林先生の寄贈品についての説明は、

MAKOTO KOBAYASHI, NOBEL PRIZE IN PHYSICS
Inspired by the progress made in the field by Albert Einstein and Leopold Infeld, as a teenager, Kobayashi had already decided to pursue a career in physics.

となっている。

このほか、同時に受賞された益川、下村両先生についても紹介されている。なんでも、益川先生の寄贈されたのは「計算尺」、そして下村先生は「海ほたる」の試料を贈られたようである。

講演では、まず、「奇跡の1905年」にアインシュタインによってなされた3つの発見(「光電効果」(量子論)、「相対論」、「ブラウン運動の解釈」)各々について、この発見に至る物理学の動き、そして発見の持つ物理学史上の意義について解説された。

これら諸発見がなされて以来、既に100年以上もたっていながら、未だ、『相対論』が高校の教科として教えなくてもよいとされていることに触れながら、この理論を、比較的、詳しく解説された。

こうした「相対論的」な効果、日常的な世界では無縁と思えるが、実は、我々になじみのあるGPSを用いた位置測定に重要な役割を果たしているという。GPSによる正確な位置測定には、「相対論的」補正が施されねばならないというのだ。この話を通じ、日常的な世界においても、我々の身近なところで「相対論」が大きな役割を果たしているという事実を明らかにし、「物理に対しもっと親しみを」ということのようだ。

自然はトータルに見なければならないというのが、講演における小林先生のもうひとつの重要なメッセージだったように思う。我がブログにも以前、「物理のない化学はなく、物理・化学のない生物・地学はない」という記事を書いたことがある。この観点は重要だ。

この講演でも、自然科学の対象とする自然をバラバラなものと見るのではなく、物理学が取り扱っている世界・領域、そしてそれを基盤として化学、さらには生物・地学というものが取り扱う世界・事象がある、という自然を階層的にみる自然観の重要性が強調された。

この「自然をトータルに見る」という観点、実は、最近あまり重要なものとみなされなくなったように感じている。小林・益川理論が発表された40年前、私が大学に入学した時代であるのだが、こういう考え方は(少なくとも物理学を学ぶものにとっては)当然であった。こうしたものの見方、これがわが国の素粒子物理の成功に大きな役割を果たしたのはまちがいないことだろう。

最近、こうした「自然をトータルに見る」というあたりが欠けてきているのではないかと思う。このあたりが、昨今、話題になる「理科離れ」という現象にも通じるところがあるのかもしれない。

なかなか親しめない物理学!: この講演会、KEK(高エネルギー加速器研究機構)主催で、一般向けに催されたものだ。講演のタイトルは、上記したように、「物理学に親しもう」というものであった。このこともあるのだろう、小林先生、講演の冒頭から、「分かりやすく話そうと思います」と、ご苦労されているようだった。私の感想、残念ながら、やはり「物理を学ぶのは大変だ」ということを聴衆に感じさせてしまったようだ。これはこれで良い。

最近、「科学に親しもう」などというスローガンで、『手品』と区別できないような「科学実験」を見せることが流行っている。しかし、こうした「科学実験」は、一時的な興味をそそるものではあっても、真の科学的な思考を培うものではない。科学は、目の前に見せられた現象に驚かされることではない。目の前の現象を、理性的に理解し、背後にある法則を獲得することにあるはずだ。

むしろ、物理学を学ぶこと、自然の現象を理解することは、そんなに簡単なことではなく大変な努力を要するということを知ることのほうが、もっと大切なことなのではないか。その意味で、この講演は成功だ。

科学を学ぶこと、当然ながら「ノーベル物理学賞を受賞する」ということは容易いことではない。

さあ、勉強、勉強。


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  2. Dec 10, 2009: アインシュタインの「物理学はいかに創られたか」を読んでみた | Yama's Memorandum

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