E.シュレディンガー「生命とは何か -物理的にみた生細胞-」を読んでみた

January 14, 2009 – 2:55 pm

本棚には、私の学生時代(30~40年前)に購入し、もはや「古書」の範疇の本が多数ある。整理しようと自作の「蔵書管理システム」の構築を進めている。このブログで進捗状況について書いてきたところだ。(例えば、ここ。その他一連の記事)この「古書」のなかに、「生命とは何か -物理的にみた生細胞-」が見つかった。開いてみると、ところどころ線が引かれているとか、簡単な書き込みも見受けられる。読んだことはありそうだ。しかし、ほとんど記憶にない。あらためて読んでみることにした。これが実にすばらしかった。

本書「生命とは何か」は、岩波新書(青版)として1951年8月に第一刷が発行されている。私の本棚にあるのは、1967年3月発行の第24刷だ。私が大学(物理学科)に入学した直後、ちょうど40年前に購入したもののようだ。著者、E.シュレディンガーは、シュレディンガー方程式で知られる20世紀を代表する理論物理学者の一人だ。原著、What is Life? –The Pysical Aspect of the Living Cell—は、1943年2月、ダブリンの高等学術研究所主催の公開講座講演をもとに1944年に出版されたものという。

何故、理論物理学者が生命について?: シュレディンガーは理論物理学の大家であって、生物学の専門家ではない。その彼が、物理的観点からとはいえ、何故、生物学について論じたのか?このあたりは、本書のまえがきに詳しく述べられている。少し長くなるが、以下、引用してみよう:

われわれは、すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を、先祖代々受け継いできました。学問の最高の殿堂に与えられた総合大学(university)の名は、古代から幾世紀もの時代を通じて、総合的な姿こそ、十全の信頼を与えられるべき唯一のものであったことを、われわれの心に銘記させます。しかし、過ぐる百年余の間に、学問の多種多様の分枝は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。ところが一方では、ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。
この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないようにするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手をつけるより他に道がないと思います。たとえその事実や理論の若干については、又聞きで不完全にしか知らなくとも、また物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです。(旧字を新字に直して表記している)

ここに、シュレディンガーの学問に対する見方が集約されているのでは、と思う。即ち、学問の本来的な姿が「統一的な知識を求めようとする熱望」のなかにありながら、専門化が進むなかで「今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、ようやく獲得されはじめ」ていながら、「ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に」なるという「奇妙な矛盾」が生じているという状況認識。そして、みずからが、そういう状況を 打ち破ろうという確固とした態度がある。

ここに、当時の、量子力学の体系の確立・成功のなかで、自然科学が「生命の神秘」を含む諸課題の解決を可能とするシュレディンガーのゆるぎない確信が読み取れるのではないかと思う。

本書は分子生物学への扉を開いてくれる: 今、分子生物学(遺伝子工学)が著しい進歩のなかにあることは認識している。しかし、私にとっては、いまだ、この分野は全くの未知の領域だ。全くの門外漢だ。DNA、バイオテクノロジー、クローンなどなど、関連する技術用語が飛び交うなかにあっても、どうもしっくりこないというのが実感。しかし、何か、本書「生命とはなにか」を読み、分子生物学と私が多少理解できる物理学との間の溝が取り払われていくような感じがする。なるほど、『原子・分子の世界』と『生命・遺伝の世界』はこのようにつながりを持つのかと、私なりに、理解できるのだ。本書が出版されて、すでに半世紀以上がたっている。ここに書かれていることに誤りもあるに違いない。しかし、私にとって、本書は分子生物学という分野への扉を開いてくれるものと思われるのだ。

分子生物学が花開いたのは20世紀後半だ。新しい学問領域だ。さらに進歩して行くに違いない。この新しい学問領域「分子生物学」を基礎から学んでみようと思わせてくれた。さあ、もう一度、勉強だ。


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