戸塚洋二著「戸塚教授の『科学入門』」を読んでみた

August 26, 2010 – 12:32 pm

近所の公立図書館で「戸塚教授の『科学入門』」を見つけた。ニュートリノに質量があることを実験的に突きとめた我が国の誇る実験物理学者・戸塚洋二氏の著作だ。いつか読んでみたいと思っていた。早速、借り出して読んで見た。

感想をひとこと、私などが言うのはどうかと思うが、「実に良い」。自然科学の実験的な研究を行なおうとするものにとって必読の書ではないかと思う。

著者「戸塚洋二」氏について、本書では以下のように紹介されている:

1942年静岡県生まれ。理学博士。
88年東京大学宇宙線研究所教授に。98年世界ではじめてニュートリノに質量があることを突きとめる。2004年文化勲章受章。2008年7月10日逝去。著書に、『素粒子物理』『地底から宇宙をさぐる』『岩波講座 現代の物理学 第10巻』(いずれも岩波書店)、『陽子はこわれるか』(丸善)などがある。

このほか、2002年には高エネルギー加速器研究機構教授、そして2003~06年の間、高エネルギー加速器研究機構長を務められている。

本書は、戸塚氏が死の間際まで書き綴られていたブログ(A few more months)記事のなかの「科学入門」の部分をまとめたものだ。このブログ、今なお(2010年8月時点)購読することができる。

この科学入門の執筆意図について、奥様がお書きになった「出版にあたって」のなかに次のようにかかれている:

夫のような実験家は、総じて理論家より忙しく、なかなか執筆の時間がとれません。でも、実験家の目を通した科学入門書が必要だと考えていたようです。よく「現役を引退したら書くから」と申しておりました。(p.4)

また、本書の「最後のインタビュー」のなかで、湯川秀樹のノーベル賞受賞と自らが科学者になったいきさつを述べている部分で、

だけど湯川秀樹のノーベル賞受賞で理論志向が日本に定着したんだな。理論のほうが実験より偉いんだ、という考え方が。僕はこれがあまり好きじゃない。人間の頭脳が生みだす理論も非常い重要なんだけども、理論を採用するかどうかを決めるのは自然であった、理論と観測、実験がもっと両立していけばよかったなぁ、と思う。

科学のどの部分でも言えることだけど、特に物理学は自然から情報を得ることが大きな意味を持つ分野なんだよ。たとえば、宇宙には万有斥力が働いているかもしれないんなんてことは、誰も予想しなかったわけでしょ?万有引力だけでなく。これは、精密に宇宙観測してみたらそうであることがわかった、ということです。つまり、人間の頭脳では考えられないことなんですよ。だから、やはり観測というものはものすごく重要なんだ。(p.22)

このあたり、戸塚洋二氏の実験物理学者としての気概といったものを感じる。実験・観測の重要性が強調されるとともに、物理学の研究を推し進めてゆくうえで、理論物理学にはない実験物理学特有の自然への対しかたがあること、その重要性が主張されているように思う。

そのあたりが、「実験家の目を通した科学入門書」を必要と考えられていたところなのだろう。

確かに、本書におさめられている「科学入門」のブログ記事を通じて、著名な実験物理学者であるからこそ書けた科学入門となっていることを実感する。

学生時代、物理学を志したもののひとりとして、あらためて勉強させていただいた。

全編を通じて科学への信頼と楽観主義を感じる。戸塚洋二氏が物理学の研究をスタートされたのが60年代初めからである。当時、少なくともわが国では、自然科学、特に物理学は「花形」の学問であった。最近の「反科学的」な風潮は皆無といってもよかったように思う。科学への信頼とともに、未来に対し、限りない楽観的な見方があった。

本書の全体に、そうした「科学への信頼と楽観主義」といったものを感じる。例えば、「アインシュタインの E=mc2」のところに次のような記述がある:

人々は、20世紀最大の発見のひとつ「E=mc2」を有効に使うエネルギー発生をなぜ考えないのか、物理科学の研究者だった身として不思議に思います。
原子力発電のエネルギー発生効率は上の表にあるラジウム226のアルファ崩壊と同じくらいですから10くらいの小さな値です。しかし何回も言うように、化学反応と比べると10万倍以上効率が良いのです。
原子力はいくつかの問題があります。
●核物質がテロリストの手に渡ること
●核廃棄物の処理に明確な方法が示されていないこと
が主な点だと思います。不思議なことに、物理学者がこの2つの問題に関与していません。彼らの柔軟な頭を使うことにより、
●濃縮核燃料を使わない、かつ連鎖反応を使わない新方式の原子炉
●核廃棄物由来の放射線の短寿命化とその消滅を図りつつ、そのために使う電力以上の発電をついでにに行う
の2方式の検討を行わせるべきと思います。原理的にこれらの方式は可能です。(pp.99-101)

科学への限りない信頼、そして未来への楽観的な見方。科学者特有の「脳天気さ」と言われるかもしれないが、私は、戸塚先生のおっしゃることに同意。全くそのとおりと言いたい。

冒頭に書いたように、この本、近所の公立図書館で借りてきたものだ。
自ら購入しなければならないな、と思ったところだ。それ以上の価値がある。


Post a Comment