服部禎男著 「遺言 私が見た原子力と放射能の真実」を読んでみた

July 27, 2018 – 6:44 pm

前々回の石川迪夫の著書に続き、本書も近所の公立図書館で見かけたものだ。初版が2017年12月7日と、原子力関連本としては新しいこともあり、読んでみることにした。

本書の著者、服部禎男は「電力中央研究所・元名誉特別顧問」。原子力界のリーダの一人だ。著者の名は、低レベル放射線は体に良いという「放射線ホルミシス」の提唱者として見かけたことがある程度で、詳しくは知らなかった。

福島第一原発事故以降も原子力推進の立場にあると理解している。本書を一読した感想を一言で言うなら、主張の詳細は異なるものの、石川迪夫の場合と同じく、傲慢な、原子力推進派リーダとの印象を持った。


核燃料サイクルの確立と超小型原子炉4S
本書では、繰り返し、核燃料サイクルを確立することの必要性そして重要性が強調される。

もんじゅの廃炉が決定され、六ケ所村の再処理工場稼働に目途もたたない状態にありながら、核燃サイクルの確立が、今なお、主張される。

しかし、著者の主張する核燃サイクルの姿は、「もんじゅ」そして「六ケ所再処理工場」とは異なる。著者自身が提唱する「超小型原子炉」の普及、あるいはそれが基礎とする概念IFRである。

現在の原子力発電の抱える問題を軽水炉を中心とした大型原子炉を中心に据えた路線のなかにみる。このあたり、著者の主張すると思えるところを、以下に、抜粋・転載しておいた。

まず、高速増殖炉について、

現在、世界中に約400基の軽水炉ができ、予想以上に大量の核廃棄物を生み出しています。後先考えずに商業化に走った代償です。
・・・・
原子力発電において、軽水炉における使用済み核燃料の処理はこれまでずっと棚上げにされてきた問題です。使用済み燃料プールの中で保管されてきましたが、どんどん増え続けています。
使用済み核燃料を出さない高速増殖炉が実用化されれば、この長年人類を苦しめてきた問題を解決することができるのです。(pp.215-216)

そして、アルゴンヌ国立研究所が開発を計画した統合型高速炉(IFR:Integral Fast Reactor)、そして著者提案の超小型原子炉について、

IFRでは燃料の製造から原子炉から再処理まで、すべて一か所で行うことを目指します。燃料を運ぶために輸送する必要がなく、コスト削減にもなります。
・・・
現在、都内の狛江市にある電力中央研究所で、「金属燃料、乾式リサイクルプロジェクト」という名称で受け継がれています。(pp.140-142)

さらに、この延長線上に「超小型原子炉」が提唱される。著者の主張が全て正しいものであるなら、原子力は世界を救う技術となるに違いない。

確かに、原子力の安全性を議論するうえで、現行の軽水炉の枠内ではなく、新しい設計概念に基づく原子力を検討することに意味があるのかもしれない。それ以上は、残念ながら、私には判断できるだけの材料はない。

放射線ホルミシスとICRPによる放射線防護コンセプトの否定
現在の放射線防護の枠組みは、ICRP勧告に基づいている。そのICRP勧告の中心的な概念のひとつにLNT仮設(閾値なし直線仮説)がある。この仮説により、どんなに小さい被曝線量であっても、人体への健康影響は被曝線量に比例し、有害とされる。

本書の著者は、このICRP勧告が依拠するLNT仮設を真っ向から否定する。逆に、「ある量以下であれば、放射線のDNA修復促進作用が勝り、身体は健康になるのです。(p.185)」と言い切る。

ICRPのLNT仮設を採用している根拠が、ノーベル生理学・医学賞を受賞したハーマン・J・マラーが、ショウジョウバエへのX線の照射実験において見出した「照射した放射線量に比例して突然変異が発生するという事実にあるとし、このショウジョウバエの実験は、のちになって、DNAの修復機能をとりこむものでなく放射線の健康影響の基礎としては不適なものであると結論づける。

このあたりについて、本書では次のように解説している。以下、抜粋・転載:

マラーが実験を行った当時はまだ、DNAについての研究は進んでいませんでした。もちろん、先ほど述べたように、DNAに修復機能があることなど知る由もありません。さらには、ショウジョウバエの精子はDNAが修復活動をしない特別なものであることものちに判明しました。なんという神のいたずらでしょうか。
しかし、マラーがノーベル賞を受賞したことにより、この実験結果は何人も批判しえない権威となってしまったのです。これにより、放射線は少しでも浴びると危険だという考え方ができあがりました。これが現在も放射線防護に大きな影響を与えている「直線仮説」(LNT仮説)です。(p.162)

ICRPのLET仮説はノーベル賞という「威光」のうえにたつものであり、マラーの発見以降の研究、特に、DNAの修復機能を取り込んでおらず、信頼に値しないものというのである。

この認識にたって、著者は、低レベルの放射線は健康に良いという「放射線ホルミシス」を唱導し、ICRP勧告に基づく放射線防護基準を一蹴する。さらには、現在の放射線防護基準の存在が、原子力の発展を妨げている元凶ともいいきる。

なんとも、すさまじい議論が展開されている。本書の著者は、ICRPの勧告文をまじめに読んているのだろうか?ICRPの勧告を支持するかどうかは別にして、ICRPがどのような立場にたっているか伝聞ではなくその勧告文をもとに批判すべきなのではないか。

以下、参考のため、かなり長くなるが、ICRP2007年勧告の一部を以下に転載しておく:

(63)1990年以降,放射線腫瘍形成に関する細胞データ及び動物データーの蓄積によって、単一細胞内でのDNA損傷反応過程が放射線被曝後のがんの発生に非常に重要であるという見解が強くなった。これらのデータによって、がんの発生過程全般の知識の進展とともにDNA損傷の反応/修復及び遺伝子/染色体の突然変異を誘発定義誘発に関する詳細な情報が、低線量における放射線関連のがん罹患率の増加についての判断に大きく寄与しうると言う確信が増した。この知識はまた、生物効果比(RBE), 放射線荷重係数並びに線量・線量率効果に対する判断にも影響与えている。特に重要なことは、複雑な形態のDNA二重鎖切断の誘発、それらの複雑な形態のDNA損傷を正しく修復する際に細胞が経験する問題、及びその後の遺伝子/染色体突然変異の出現など、DNAに対する放射線影響についての理解の進展である。放射線誘発DNA損傷の諸側面に関するマイクロドジメトリーの知識の進展も、この理解に大きく貢献した(付属書AとB参照)。
(64)認められている例外はあるが、放射線防護の目的には、基礎的な細胞家庭に関する証拠の重みは、線量反応データと合わせて、約100mSvを下回る低線量域では、がん又は遺伝的影響の発生率が関係する臓器及び組織の等価線量の増加に比例して増加するだろうと仮定するのが科学的にももっともらしい、という見解を支持すると委員会は判断している。
(85)したがって、委員会が勧告する実用的な放射線防護体系は、約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加に正比例して放線線起因の発現又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応モデルは一般に”直線しきい値なし”仮説又はLNTモデルとして知られている。この見解はUNSCEAR(2000)の示した見解と一致する。様々な国の組織が他の推定値を提供しておりそのうちのいくつかはUNSCEARの見解と一致し(例えばNCRP 2001: NAS/NRC,2006)。一方、フランスアカデミーの報告書(French Academy Report, 2005)は、放射線発がんのリスクに対する実用的なしきい値の支持をを主張している。しかし委員会が実施した解析(Publication99: ICRP2005d) から、LNTモデルを採用する事は、線量・線量率効果係数(DDREF)について判断された数値と合わせて、放射線防護の実用的な目的、すなわち低線量放射線被曝のリスクの管理に対して慎重な根拠を提供すると委員会は考える。
(国際放射線防護委員会の2007年勧告 pp、16-17)。

著者の提唱する超小型原子炉について、私の力量では、判断するだけの能力を持ち合わせいないが、後半のICRP勧告への非難を読むとき、著者の主張に疑問を抱いてしまった、というのが、本書を読み終えた、正直な感想だ。


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