今中哲二著 「低線量放射線被曝 チェルノブイリから福島へ」を読んでみた
May 8, 2013 – 5:16 pm福島原発事故の発生以来、放射線被曝に伴う健康影響を題材とする書籍が多数出版された。これら書籍には、放射線による健康影響をことさらに大きく見せるものから、過少に見せるものまでさまざまであった。
それらのなかで、本書は、長年にわたり放射線の測定・評価に取り組んできた著者によるものであり、福島原発事故による環境汚染そしてそれに伴う低線量放射線被曝の実相を平易かつ科学的に解説している。一読の価値があると思う。
本書を読んで印象に残った部分を転載し、メモとして残しておいた。
本書の構成: 本書は3部から構成されている。
第Ⅰ部では、福島原発事故後1年過ぎた時点で、東京蒲田でおこなった講演「放射線汚染:チェルノブイリと福島」をベースにチェルノブイリ事故、そして福島原発事故に伴う公衆の低線量被曝についての実態とその健康影響について解説されている。
第Ⅱ部そして第Ⅲ部では、著者のこれまでに発表した低線量被曝に関わる論文を収め、第Ⅰ部の解説をサポートする資料としての役割が与えられている。
ICRP(国際放射線防護委員会)について: 各国の放射線防護規制は、その大部分が、ICRPの勧告をベースにしている。福島原発の事故発生後、ICRPの勧告に対し、異議を唱えるものが多くあったが、本書の著者の立場は、基本的にはICRPの勧告を尊重している。
このあたり、著者は、次のように述べている:
ICRPについてはさまざまな批判がありますが、そのさまざまな報告書の科学的な内容がトップレベルにあることは確かです。ICRPについて私が不満をもっているのは、被曝限度の設定といった勧告を、いかにも「科学的結論」であるかのように行っていることです。閾値なし直線仮説に基づくなら、安全被曝量というものはありません。つまり、被曝限度というのは、危険か安全かの境目ではなく、どこまでガマンするか、ガマンさせられるかという値であり、その設定には社会的要因や政治的要因が絡んでいます。(p.24)
ICRPの報告書の「科学的な内容」のレベルの高さを認めるとともに、その「閾値なしの直線仮説」を支持する立場をとっている、といえるであろう。
しかし、被曝限度をガマン線量と捉えるという考えは、放射能、放射線をいかに制御すべきか、という観点からでるもので、福島原発の事故的放出のなかで「放射能まみれ」となった環境のなかでの被曝をどのように捉えるべきか私にとってはよく分からない。
100mSv以下の被曝と健康影響: 福島原発の事故のあと、100mSv未満の被曝については健康影響は認められないとの話を聞く機会が多かったように記憶している。このあたりについて、著者はつぎのように述べている:
福島の事故が起きて以降、100ミリシーベルト以下では影響ありません、という話がちょくちょく出てきます。その大元になっているのも広島・長崎データです。広島、長崎のデータで100ミリシーベルト以下だけを見た場合、そのデータから被曝影響についてはっきりしたことは言えません。それはそうだと思います。直線モデルで考えると、1000ミリシーベルトで50%ですから、100ミリシーベルトではがん死が5%の増加ということになります。今の日本では、半分の人ががんになり、30%の人ががんで死ぬと言われています。そのがん死亡率が5%増えたとして31.5%のがん死です。がんになる要因が関係してますから、人間の集団を対象に、30%のがん死率と31.5%のがん死率を観察することは不可能に近いでしょう。
ですから、100ミリシーベルト以下で有意な影響は観察されない、というのが百歩譲って正しい表現です。影響はありません、というのは間違った解釈だと私は思っています。同時に、100ミリシーベルトまではがん影響が認められるのに、100ミリシーベルトよりちょっと下で急に影響がゼロになるというのはまず考えられません。(pp.22-23)
放射線被曝の健康影響について直線仮説を採用する立場からいえば、著者の主張はもっともだろう。
福島の除染作業は有効は?: 福島原発周辺の高線量地域においては除染活動が盛んに行われている。この除染について著者の見解は興味深い。
事故発生から1年後、飯館村を訪れた著者は、そこで行われている除染に向けた作業をみかけた印象から次のように述べている:
・・2012年3月末に、1年前に測定にいったチームと一緒に飯館村に行きました。ほとんど住んでいる人はいませんが、1年前の同じ場所で放射線を測定すると、だいたい10マイクロシーベルト。つまり1年前のほぼ3分の1に落ちています。それでもかなりの高線量です。
村の近くには、放射線の防護服を着た人たちが土地の測量をしていました。除染にかかる費用を割り出すために、見積書を作成するための田畑の面積を測量していたのです。しかし、これくらいの高線量の土地の場合、除染はどれくらい意味があるのでしょうか。除染の効果はだいたいうまくいって5割、4割まで下がればいいほうだといいます。すると、10マイクロシーベルトに対して、せいぜい5マイクロです。とても住めるような状態ではありません。どこでも除染すればよいというものではなく、その費用はもっと使われるべきところに充てられるべきでしょう。(pp.64-65)
福島原発から放出された放射能に汚染された地域に住むひとびとが故郷に戻りたいという心情をさっするにはあまりある。しかし、本当に、除染に多額の費用をかけることに本当に意味があるのかどうか、真剣に考えなくてはならない。まさに、社会的な要因や政治的な要因がそこにどのようにかかわっているのか見極める必要があるのではないか。