小倉志郎著「元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ」を読んでみた

January 22, 2018 – 11:53 am

久しぶりに近所の公立図書館にでかけた。偶々、本書をみかけた。

本書のタイトル、かなり刺激的である。帯にはもっと刺激的な記述があった。次のようなもの:

原発は、ほんとうにとんでもない怪物だ。あの複雑怪奇な原発の構造を理解しているエンジニアは世界に一人もいない・・・・

読んでみることにした。

一読した感想を述べると、現場作業の持つ皮膚感覚を重視するあまり、あまりにも情緒的な主張に違和感を覚えた、といったところ。

著者略歴によると、本書の著者は日本原子力事業(NAIG:後の東芝の原子力部門)に入社後、「38年間一貫して、原子力発電所の見積・設計・建設・試運転・定期検査・運転サービス・電力会社社員教育などに携わり、2002年3月定年退職」した経験・経歴を持つエンジニア。定年退職後は、平和運動の経験もあるようだ。

福島第一原発事故後は、「原発の基本的な構造や本質的危険性についての講演会などを精力的に行う」とともに、「2012年には国会事故調の協力調査員に採用され、東電福島第一原発の事故の調査と報告書作成に携わった」としている。

現役時代の原子力技術者としての経験をベースに原子力のもつ危険について啓蒙活動を行っている人物のようだ。その活動の延長線上に本書が執筆されている。

本書で何が伝えられているか
本書を一読して、著者の主張する部分は以下のような部分ではないか、と感じた。

私のように本社技術部門での経験と共に、建設中および運転中の原発の現場での長い経験をもつエンジニアは極めて稀だろう。出世をする技術者は本社の技術部門に留まり、現場を職場にすることなくどんどん偉くなっていく、・・・(p.4)

ここで、自らを、本社技術部門のエリート社員が経験することのない現場の経験を持つ稀有な存在であると主張する。

現場での自らの経験を次のように描写してみせる。

定年になる十数年前、私は毎日原発の放射能が飛び交う建屋の中をパトロールしていたが、昼夜の海水温度の変化に応じて、タービン復水器の中の真空度が変化し、それに応じて、原子炉が発生する蒸気の量が変わり、給水量も変わり、まるで呼吸するかのような挙動を自動制御によっておこなっている巨大な原発を見て、これはまるで生きた怪物だと実感したのも、あながちまちがいではなかったと思う。運転中の原発の現場に入ったこともなく、大学の研究室や研究所で原子力工学などを教えている偉い先生にはこんな実感をまったくもつことはできないだろう。(p.5)

著者が、現場作業を通じて、原発を「巨大な怪物」のような存在と実感する体験は「原子力工学などを教えている偉い先生には持つことはできない」とする。

失礼ながら、著者が現場での経験・感覚の大切さを強調するあまり、「出世する技術者」とか「原子力工学などを教えている偉い先生」を揶揄するところに極めて情緒的な危うさを感じてしまう。この情緒的な部分が反原発運動の限界などではないか、と思ったりする。

原子力システムをどのように描画しているか
原子力システムの持つふたつの特徴を挙げる、ひとつは放射線・放射能の存在とそれによる被ばくへの対処の難しさであり、もうひとつは原子力システムの巨大で複雑な特徴だ。こうした特徴を記述する部分、が夫々つぎのように描かれている。以下、抜粋してみた。

放射線被ばくにより原発事故後の原因・調査、そして復旧が困難になっていることについて:

・・私たちの産業は、事故や故障のたびに、状況や原因を徹底的に調査し、その結果を新たな設計・製造・検査などに反映(フィードバック)できたからこそ、現在のように性能・品質が良く、安全性の高い製品がつくられるようになってきた。そういう従来の常識的手法が通用しないことは、まったく新しい知見というべきなのだ。目に見えない放射能で汚染した環境や機器が、どれほど取り扱いがたいものかとうことは、汚染環境で働いたことのない人にはなかなか実感がつかめないだろう。(p.58)

そして、原子力システムの複雑さについて:

これらの(原子力システムを構成する(筆者補足))多種類のシステムは、設計も部品の製造も非常に多くの企業や企業内の異なる部門が分業でおこない建設現場で組み立てられてひとつの原発が完成する。したがって、原発の全体を隅々まで一人で理解している技術者はこの世の中に一人もいない。それほど複雑なのが原発である。だから、あらかじめ作成されたマニュアルに沿って、運転制御したりすることは訓練を積んだ当直長以下の運転員にもできるであろうが、予期していない現象や事故などの際には、どうしたよいかわかる人間が一人もいないということも当然でありゆる。3.11事故ように、電気系統がほとんどすべて使えなくなり、中央制御室の制御盤の計器が見れなくなったり、照明が消えたりするなどという事態で大混乱になるのは当然の結果である。(p.42)

  


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