福島第一事故による放射線被曝をどう考えればよいか(その9)
December 6, 2011 – 2:26 pm高木仁三郎著作集の第2巻に右のような図が載せられている。この図は、チェルノブィリ事故後に西ドイツの雑誌に「西ドイツの子供の新生児死亡数」として掲載されたものだという。随分前に刊行された資料に示されたものではあるが、福島の事故を経験した今ながめると、かなり不気味なデータではないかと思ってしまう。
さて、この図から我々は何を読み取るべきなのか?ここに示されているデータをどのように解釈すればいいのか?
図に対応する記述: 上に掲げたデータ、高木仁三郎著作集第2巻所収の「原発廃棄に向けて チェルノブイリ事故三周年の今、脱原発を考える」のなかに示されているものである。この『原発廃棄に向けて』(1989年刊)は、高校教員に対する講演の記録だという。
以下、この図に対応する部分を抜粋・転載しておく:
・・これは、いつも送られてくる西ドイツの雑誌の最新号に報告されていたデータなんですけれども、チェルノブイリ後に新生児死亡率が上昇したというのです。西ドイツの子供の新生児死亡数、生後七日以内に死ぬ子供の数というのを地域別にプロットしてみる。これは比較的汚染の小さい地域、西ドイツの北の方。中部から北にかけての地域ですね。これは一九八三年うらいからとってありますけど、そうするとだいたいこのように、年々下がり傾向にある。チェルノブイリの後で少し上り気味かなという傾向が汚染の低い地域でみられる。ところが汚染の中程度の地域、西ドイツの中部からやや南にかけて、そういう地域をみると、チェルノブイリ以降の一年くらいのところでかなりの昇りが見える。さらに高度の汚染地域、これはバイエルン州とかですね、バーデンヴェルデンブルグというようなところにかなり汚染の強いところがあるんですけども、そこで見るとかなりこれははっきりしている。年々下り傾向に対しては、はっきりとここで反転してチェルノブイリの時から上がりだすんですね。ぽんと上がります。
・・・
そういういろんなことがわかってきていますが、こういうふうにクリアーなデータになるケースは少ないです。少しずついろんなところでいろんな形で明らかになっていますが、多くの場合、きちっとした科学的根拠にもとづかないものとして切り捨てられるという傾向があるんです。しかし、私はいま、切り捨てようがない全体というものが明らかになってきているという気がします。(「高木仁三郎著作集 脱原発へ歩みだすⅡ」pp.9-10)
図を見て考えたこと: 冒頭の図を見るかぎり、新生児死亡率が本文で記されているように「年々下がり傾向に対しては、はっきりとここで反転してチェルノブイリの時から上がりだすんですね。ぽんと上がります。」ということで、チェルノブイリ事故の発生がなんらかのかたちで新生児死亡率に影響を及ぼしたと考えるのが自然だ。また、著作本文の記述によれば、汚染の強いところでそうした傾向が顕著に現われることが示唆されている。
しかし、著作の内容が講演記録ということもあって、データの出所が「西ドイツの雑誌の最新号」としか記述されておらず、図の縦軸の数がなにを表しているのかさえ明記されていない。これを「科学的データ」として取り扱うには物足りない、と思う。図のキャプションには「新生児死亡率」となっているのであるが、縦軸の数字は新生児10万人あたりの死亡数を示したものかどうか、私には、想像するしかない。
原子力関係の研究所で働き、放射線について多少学んだ経験をもつ私にとっては、このデータの示すところを、さらに詳しく知りたい、考察したい、とは思うのであるが、即座に、このデータに示されている新生児死亡率の変化を放射線被曝の影響と結びつけるわけにはいかない。私の持っている低線量での健康影響が、このようにクリアなかたちで表れるのは信じられない、というのが正直なところである。
「 きちっとした科学的根拠にもとづかないものとして切り捨てられるという傾向があるんです」といわれるが、確かに、放射線の被曝影響について少しでも学んだことがあるものとして、私自身、どうしてもこの種のデータを「切り捨てる」側にたってしまう。
結論先送り: なかなか、こうしたデータをどのように取り扱うか、というのは一筋縄ではいかない。
福島第一事故が起きた今、今後、こうしたデータがどんどん公になってくるに違いない。
その時点時点で、こうしたデータとどのように向き合うべきか真剣に考えておかねばならない。今、私に言えることは、これくらいだな・・・。
結論、先送りだ。情けない、話しになってしまった。