アル・ゴア著・枝廣淳子訳『不都合な真実』を読んでみて

May 31, 2008 – 8:12 pm

昨年度のノーベル平和賞は、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)と元米副大統領アル・ゴアが受賞した。そのアル・ゴアの書いた「不都合な真実」を近所の図書館で見つけた。この著作「不都合な真実」は、話題としては耳にしたことがあるが、実際にどのような内容なのかは詳しくは知らなかった。いまさらとは思ったが、読んでみることにした。


本を手にとった第一印象は、この本、まるで何かの写真集のようだと感じたことだ。330ページの大部分を、異常気象あるいは気象変動による世界・地球の変化を示す写真、そしてグラフィックスが占めている。構成がこのようになったいきさつらしいことが、本書の「はじめに」に書かれている。

・・・・「気候の危機についての本を作ろう」が、そもそものアイデアだった。「全体のメッセージをわかりやすくするために、写真やグラフィックスを入れた、これまでにない本を作ったら?」と最初に提案してくれたのは、妻のティッパーだ。「あなたの講演のスライドの中からいろいろな要素を取り出して、ここ数年の間にためてきた新しいオリジナル素材と組み合わせて作ればいいんじゃない?」(p.9)

アル・ゴアが講演で使用した『写真やグラフィックス』のスライドをベースとして書かれた本ということらしい。

視覚に訴える手法: 本書では、文字通り視覚的に、地球温暖化を原因とする異常気象の惨状が示され、地球と人類の危機が訴えられている。「世界中の氷河が消滅している」「これまでに経験したことのない異常気象が頻発している」「極冠の氷が溶け出している」「海水面が上昇し、世界地図を描き直さなくてはならなくなる」といったことが写真、グラフィックスを通じて訴えられている。もう、地球温暖化阻止の活動は待ったなしだ。今こそ手をうたなければ・・ といったところだ。

さすがに、アメリカの政治家、読者の心に「地球の危機」、「人類の危機」をグサリと訴える。何かをしなければ、という感じを抱かせる。少し表現が悪いかもしれないが、プロパガンダというのはこういうものか、と思ったりする。

現在起きている異常気象は地球温暖化と関連付けられる?: しかし、最近頻発している異常気象を、IPCCが警告を発している地球温暖化と直接的に関連づけることができるかどうかについては、十分な説明がないように感じるのは、私ひとりか?確かに、地球温暖化が進行して行く過程で、これまでに我々が経験をしたことのない異常気象現象が頻発することは予想される。しかし、現在起きている、そして「不都合な真実」で示された異常気象に伴う諸現象を、地球温暖化問題と、論証なしで結びつけ、センセーショナルな形で提示することはいかがなものかと思う。地域的な異常気象を、全地球的な気候変動・温暖化で説明することは、かなり大規模で困難な解析作業が必要になるのではないか。計算機シミュレーション技術を活用した大掛かりな解析・予測作業が必要になるに違いない。事実、そうした研究は進行中だ。

どのような対策を講じるか: 私自身、IPCCの報告は現在の科学的知見に照らして、最も真実に近いものであると信じる。それ故、CO2削減を中心とする対策を採らねばならないことは当然だ。では、「不都合な真実」で述べられている対策はどうだろう。省エネ、ソフトエネルギーの活用等が示されている。また、本書の最後には、「気候の危機の解決に手を貸すためにできること」など、個々人の行動指針まで示されている。ここに示されていることの大部分に、基本的には、異存ない。

全く議論されない原子力: しかし、気になることがないわけではない。地球温暖化問題にとって、「原子力」が重要な役割を果たすことができると、私は、考えている。「不都合な真実」には、温暖化への対処策として、「原子力」の役割については全く触れられていない。議論すらされていない。「原子力」が、安全性、そして廃棄物問題などなど様々な問題を抱えているのは承知している。また、環境問題を論じる人たちの、多分、大多数は、原子力に反対する人たちだろうことも承知している。しかし、原子力を推進するとまでは言わなくても、それへの態度を明確にするのがフェアな態度ではないのか?原子力が地球温暖化問題解決には役にたたないとか、あるいは安全性、廃棄物問題などで、対策の一部として取り込むことはできない旨の議論はあってもよい、むしろ、そうした議論をして、より有効な対処策を考えるのが筋ではないのか。

アル・ゴアには原子力と接点が無い?: この本を読んで、初めて知ったことに、アル・ゴアはテネシー州のナッシュビル選出の下院議員から政治家のキャリアをスタートしたということだ。テネシー州には、米国の原子力の中核的な研究所として有名なオークリッジ国立研究所がある。「不都合な真実」のなかに、この研究所の話がでてくる。

 ・・・・1976年、・・・私は選挙戦に名乗りを上げ、テネシー州の第4下院選挙区の選挙に僅差で勝利を収めた。・・・・。そこで8月の予備選挙のあと、宣誓就任も翌1月まで待たなくてはならなかったにもかかわらず、私は下院議会での自分の進路を描き始めた。私が最初にやったことは、オークリッジ国立研究所へ出かけて、数日間エネルギーと環境に関する最新の研究に浸りきることだった。当時ですら、このようなテーマは私の中で最優先課題となっていたのだ。・・・・(p.212)

アル・ゴアの政治家としてキャリアを積む最初の仕事が、オークリッジ国立研究所で、「エネルギーと環境に関する最新の研究に浸りきること」だったという。スリーマイル島の原子炉事故が発生したのが1979年ということを考えると、彼が1976年にオークリッジ研究所で学んだ「エネルギーと環境の研究」に、エネルギー源としての原子力の議論がなかったというのは考えにくい。米国で原子力に反対する空気が強くなったのは、スリーマイル島事故以降の話だ。むしろ、1976年当時、中核的なエネルギー源のひとつとして、原子力が積極的に議論されていたと考えるのが自然だと思うのである。

地球温暖化問題は人類の未来を左右する大問題だ。IPCCの報告は、現段階での科学的知見からみて最も正しい助言だと考える。だとすれば、こうした大問題に対処するためには、我々人類が獲得した科学的叡智、そして技術を総動員しようとする態度こそ必要ではないか。技術としての原子力を全く無視する態度は、アル・ゴアの主張を弱めることこそあれ、強めることはないと思うがいかがだろうか。

すばらしい翻訳: 最後に、少し話しがずれてしまうが、この本の翻訳、本当にすばらしいと思った。翻訳は、枝廣淳子さんだという。はじめて知った名前だ。この業界では有名なひとに違いない。なるほど、翻訳とはこのようにやるのかと思った。とっても分かりやすい文章だ。あっという間に読むことができた。

まとめ: 多少、アル・ゴアの本に対してネガティブな印象を書いた。IPCCとともに、ノーベル賞が彼に授与されることが妥当なことであったかどうかは、多少、疑問に思っている。しかし、彼の活動・著作が、地球温暖化問題が我々の未来にとって非常に深刻な問題であることを広く知らしめる役割を果たしたことは間違いない事実だと考えた。「不都合な真実」は、その意味で、大きな役割を果したと思う。これが、私の読後感といったところか。


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