2012年を迎えて-昨年の重大ニュースをふりかえりながら-

January 3, 2012 – 12:01 pm


新年明けましておめでとうございます。

2012年が明けました。といっても、すでに1月も3日になってしまった。それはそれとして、昨年の重大ニュースをふりかえりながら、新しい年を考えてみた。

(1)東日本大震災と福島第一原発事故
 私が生きている間に経験するとは思っていなかった歴史的大事件だ。ほぼ10ヶ月経過した今、ゆっくり考えてみると、よくこの程度でおさまってくれたものだ、ラッキーだったというのが正直な感想。
 なにがラッキーだったのか。事故発生時の風向きは、強い西風。3月12日の早朝に放出された放射能の大部分は海のほうに流れ、住民への被曝は「少なく」済んだのではないか。風向きによっては・・・、と考えるとぞっとする。
 ラッキーであったとはいうものの、東日本全域が、いままで経験したことがないほどの放射能まみれという状態、まだまだ原子炉の状態も心配。これからが正念場。
 もうひとつは、全く私事になってしまうが、震災時に「九死に一生」を得たということ。震災発生時に、わたしの頭上から天井が崩落したのにも係わらず、擦り傷ひとつなく生還した。冷静になって考えてみたら、ラッキーのひとことだった。

(2)わが娘の大学進学:
 5年前に退職して以来、最も力を入れてきたのが(?)わが娘の教育。娘にとっては、多少、迷惑な話ではなかったのではと思うが、親にとっては責任の範囲内。
 一応の区切りと考えていた大学進学を成し遂げることができた。
 娘の進学先が、親が考えていた方向とはかなりのズレたものではあるが、これも「子の親離れ(『親の子離れ』というべきか?)」のはじまりと考えるべき、と思っている。
 ともあれ、親としての一応の責任を果たすことができたのではないか、と思っている次第。

(3)東京に「秘密基地」を確保:
 娘の大学の近所にURの賃貸住宅を借りた。上述したように、「親の子離れ」のはずであったが、娘のアパートにと言う名目で、親にとっての東京の「秘密基地」を確保した。これで、東京で開かれるイベントへの参加が容易になった。今のところ、ひと月に1週間程度は東京にでかける予定。
 この住宅を借りて驚いたことがある。昔は、公団住宅に入居しようとすると様々な条件をクリアしなければならなかったのが、今は、ほとんど誰でも入居可能になっていること。場所によっては、単身の入居、セカンドハウスとしての活用、挙句の果てに、社員寮として活用することも可能になっている。
 私のような定年後の生活のひとつのかたちとして、URの賃貸住宅を借りるのも利口な方法かもしれない。
 ともあれ、「東京進出」の拠点を確保したというところだ。

(4)地域の常会長を経験:
 震災後、「絆」なんて単語やたらに目立つ。どうも、自分の住む地域で助けあいながら生きるべし、という「風潮」が強まっているようだ。その流れかもしれないが、地域の自治会活動というのが以前より盛んになってきているように感じる。
 この地域の自治会活動の末端組織が「常会」というものだ。町内会とか班とか言われるものに対応するようであるが、何のことはない。行政組織の小間使い、といったもの。昨年は、その常会長なる役割が回ってきた。我が常会、約40世帯の会員を擁する大常会、大変な役回りなのである。
 常会長の役割。これが結構大変。回覧板をまわすこと、自治会行事への動員、慶弔時のお手伝いなどなど、旅行にもでかけられない。真剣にやったら身がもたない。
 我が常会、毎年、元旦には朝9時から焚き火を囲んで、新年会(賀詞交換会)なるものをやる。場所(広場)の確保、焚き火をやるために消防署への届出提出、お酒の準備、新年会の司会、さらには焚き火跡の後片付け、などなど新年早々、大変な目にあった。

(5)スイミングスクールの会員になった:
 大震災の発生で、いつもでかけていたスイミングプールが利用できなくなった。かわりにということで、もう7年も前に、娘がお世話になっていたスポーツジムのスイミングスクールに加入した。
 会費は、60歳以上のシニア会員ということで、ひと月5,000円也。会費が安いのはいいのだが、赤いスイミングキャップをするのが義務付けられている。年寄りになっているのを自覚しなさい、といわれているようで多少の抵抗はある。
 スイミングスクールなんてたいしたものではないのでは、と高をくくっていたが、これが大間違い。同年代(60以上)のメンバー、特にご婦人が数十年にも及ぶ立派なスイマーばかりで、私なんぞはついてゆくのがやっと、という状況。
 1時間で1キロから1.5キロ泳がされると、ヘトヘトになる自分に体力の衰えを感じているところ。

とりとめのない話を書いてしまった。
ここから新年の抱負を考えるといってもたいしたアイデアは浮かんでこない。
ま、今年も元気に過ごしてゆきたい、というところ。


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